小さくてもいいから挑戦的なことを

2025年4月から宇宙研の副所長に就任されました。

2025年度から副所長は2人体制となり、津田雄一さんが科学戦略、私は技術戦略を担当しています。宇宙研がこれから技術面でどこに向かうべきかを考えることが、私の役割だと受け止めています。

宇宙研の技術戦略はどのような方向性を考えていますか?

日本の宇宙科学ミッションの予算は欧米より1桁小さく、同じことをしても到底かないません。かといって、予算を1桁増やすのも現実的ではないでしょう。こうした状況で世界と渡り合うには、小さくてもいいから挑戦的なことをやっていくべきだと考えています。

その一つが、新しい分野の開拓です。まだ価値があるかどうか分からない分野に、私たちが先陣を切って踏み込む。そして、その分野に脈があると分かれば、世界の国々と協力して本格的に深めていく。日本発のアイデアで、リスクの高い部分を引き受けて、結果として人類にとってプラスになるのならば、その本格的なミッションが日本主導でなくても構わないでしょう。日本は、新しい分野を切り開くことで存在を示していけばいいのです。言うは易く行うは難しですが。

「いい失敗」は許されてよい

新しい分野を開拓するために必要なことは?

素早く動くことです。

2024年1月、小型月着陸実証機SLIMは世界初のピンポイント月面着陸に成功しました。私は、SLIMにずっと携わり、プロジェクトサイエンティストを務めました。私たちが月面ピンポイント着陸の構想を考え始めたのは、2002年ごろです。ほかの国が先にやらなかったおかげで、実現まで20年以上かかったにもかかわらず世界初になりました。こんな幸運は多くありません。

新しい分野を開拓しようとするとき、その分野に取り組む価値が本当にあるのかを議論することは、不可欠です。新しいことをしようとすると、最初は必ず反対にあいます。前例がない、危ない、と。その指摘も正しいです。ただ、議論に時間をかけすぎると、結論が出たころにはほかの国が動き始めていて、もう最先端ではなくなっていることもあります。議論に疲弊してアイデアがつぶれてしまうこともあるでしょう。だからこそ、脈がありそうだと判断できたら、すぐに動き始められるようにしておくことが大切です。

プロジェクトの提案から実現まで、どのくらいかかっているのでしょうか?

昔は提案が承認されてから実現まで5年ほどでしたが、最近では10年近くかかることもあります。構想段階も含めれば、一人が一生のうちに手掛けられるプロジェクトは2〜3個に限られてしまいます。この期間を大幅に短くしなければいけません。

プロジェクト実現までの期間を短くするための方策は?

一つは、やることを絞り込んでプロジェクトをコンパクトにすること。もう一つが、失敗が許される環境をつくることです。挑戦に失敗はつきものです。失敗がないものは、そもそも挑戦とは言えません。もちろん、ネジの締め忘れのような、いい加減さから生じる失敗は論外です。しかし、100%の力を尽くした上での失敗や、次につながる失敗、実りのある失敗といった、「いい失敗」は、許されてよいと思うのです。

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プロジェクトの挑戦に伴走し支える

宇宙科学プログラムディレクタも兼任されています。どのような役割ですか?

宇宙研では、多くの宇宙科学プロジェクトが走っています。宇宙科学プログラムディレクタは、皆さんの挑戦を、技術面に限らずさまざまな面でお手伝いする立場であると、私は捉えています。

宇宙科学プログラムディレクタの役割として「調整」という言葉が使われることもありますが、私自身は「手伝い」あるいは「支援」という感覚が強いです。つい最近まで長いこと現場にいたので、現場の人たちが何を考え、どこで悩んでいるのかは想像できます。どうすれば皆さんが力を発揮しやすくなるかを、伴走しながら一緒に考えていきたいと思います。

直前までプロジェクトの現場にいて、そのまま宇宙科学プログラムディレクタになった例は、あまり多くないと思います。「調整」よりも「手伝い」「支援」の感覚が強いのも、それが影響しているのでしょう。現場に寄り添い過ぎてしまうところもありますが、複数のプロジェクトを俯瞰する視点も忘れないようにしています。

セミオーダーメイド方式で衛星をつくる

澤井副所長は、これまでどのようなことに挑戦してきたのでしょうか。

一つは、小型衛星の新しいつくり方です。「小さい衛星をつくりたい」というのが始まりでした。一般に500kg以下のものを小型衛星と呼びます。衛星は小さい方が、打上げが容易になり、宇宙に行きやすくなります。世界的には小型衛星が次々と打ち上がっていましたが、日本は意外と少なかったのです。そこで、小型衛星をより安く、より早くつくるための新しいつくり方を模索しました。

具体的には、どのような工夫をされたのでしょうか?

衛星の基盤部分をバスと呼びます。バスを標準化して使い回そうという考え方は、目新しいものではありません。ただし、標準化だけでは、どうしても画一的な衛星しかつくれません。そこで私たちは、さまざまな機能を持つモジュールを組み合わせるようにしたのです。洋服でいえば、オーダーメイドでも既製品でもなく、セミオーダーメイドです。画一的な衛星をつくるより多少時間はかかりますが、ニーズに柔軟に対応できる衛星を実現できます。

セミオーダーメイド方式による衛星開発はうまくいきましたか?

セミオーダーメイド方式による1号機が、惑星分光観測衛星「ひさき」です。私がプロジェクトマネージャを務め、2013年に打ち上げられました。2016年に打ち上げられたジオスペース探査衛星「あらせ」も、セミオーダー方式のバスが採用されています。

セミオーダーメイド方式は、当初は小型衛星を安く早くつくることが目的でした。しかし今では、機能をたくさん盛り込んだ衛星や、小型とは呼べない大きさの衛星にも採用が検討されています。多くの衛星に使ってもらえるのは、技術屋としては「してやったり」という気持ちです。ただし、当初の目的をあらためて意識する必要もあると思っています。それによって、挑戦的なプロジェクトを素早く実現でき、さらに、いい失敗は許される環境にも近づくからです。

挑戦する心を取り戻そう

今の宇宙研に必要なものは何だと思われますか?

挑戦する心ではないでしょうか。

昔の宇宙研は実績がなかったので、挑戦するしかありませんでした。その後、先輩たちが大きな成功を収め、成功の方程式のようなものができました。すると、こうすれば成功すると分かっているので、その道をたどるプロジェクトが多くなってきたのです。

もちろん、先輩たちが積み上げてきた実績を、さらに発展させていくことも大切です。ただし、それだけではなく、先輩たちのように挑戦しながら新しい地平を切り開いていく、その精神も忘れてはいけないと思うのです。宇宙に行く新しい乗り物、高精度編隊飛行による宇宙望遠鏡、もっと簡単に火星へ行く方法......。挑戦すべきテーマは、まだ多くあります。

宇宙に行きやすい乗り物をつくりたい

副所長になったことで今までのようには現場に出られなくなったかと思いますが、挑戦したいテーマはありますか?

副所長でなければ、宇宙に行くための新しい手段の開発に挑戦したいですね。

海外ではロケットが毎週のように打ち上げられ、価格競争が激しくなっています。一方、日本のロケットは価格競争力で海外には到底かないません。ならば、まったく異なる価値観に基づく乗り物を提案し、宇宙に行き易くしたいのです。

宇宙に行くための新しい手段とは?

ロケットの打上げは、激しい振動と大きな衝撃を伴います。衛星は開発過程で、それに耐えられるか試験を行っています。宇宙飛行士も厳しい訓練を受けなくてはなりません。でも、私たちが飛行機に乗るときに特別な訓練は受けませんよね。空輸する荷物も振動試験を行ったりはしません。飛行機に乗るくらいの気安さで宇宙に行けるようになれば、世の中は大きく変わるでしょう。

まだその方法は分かっていませんし、本当に実現できるのかと問われると答えに困ってしまいます。でも、できると信じていますし、宇宙研には私のほかにも、こうした新しい価値観の乗り物について考えている人がたくさんいます。自分で手を動かすことは難しくても、その挑戦を応援していきたいと思っています。

やっぱり現場が好き

SLIMは構想から実現まで20年以上を要しましたが、長い間にわたって続けられた理由は何だったのでしょうか?

私は技術屋なので、「これをやると面白い」という気持ちが根っこにはあります。ただし、「やる意味があるかどうか」をしっかり見定める必要もあります。ピンポイント月面着陸は、その両方があったからこそ、こんなに長く続けてこられたのだと思います。

とても楽しそうにお話しされますね。

やっぱり現場が好きなのでしょう。でも、こうやって笑いながら話していますが、現場は必ずしも楽しいことばかりではありません。うまくいかないことも多く、しばしば胃が痛くなります。時にはきつい言葉が飛び交い、怒鳴り合うこともあります。それは、みんなが真剣に一つの目標に向かっているからであり、単に仲良くしているだけでは駄目なのです。

私自身、現場でいろいろな経験をして、失敗もたくさんしてきました。その経験を次の世代に伝え、どんどん新しいことに挑戦していけるような環境をつくっていきたいと思っています。

仕事をする上で心掛けていることは?

相手をリスペクトすることです。宇宙科学プロジェクトは、一人では絶対にできません。関わっている人はみんな、とても優秀です。そのことを認めて接するようにしています。きつい言い方ができるのも、相手をリスペクトしているからこそです。

忙しい日々の中で、ゆっくりできるときはあるのですか。

走っているときでしょうか。

以前からランニングをしていましたが、近所の図書館でたまたま超スローランニングの本を見つけました。歩いている人に抜かされるくらいのスピードで走る、というものです。

ゆっくりなので呼吸も乱れず、考え事をしながら走れます。走っている間にアイデアが出てくることもあります。もう10年くらい続けているでしょうか。夜中に近所の遊歩道をゆっくり走るのが、ちょうどいい気分転換になっています。

【 ISASニュース 2025年12月号(No.537) 掲載 】(一部加筆)