私、火星をやりたいんです

2021年4月にJAXAに入職されました。なぜJAXAに?

ずっと宇宙探査、特に火星探査に携わりたいと思っていたからです。

始まりは中学生のころで、はっきりしたきっかけがあったわけではありませんが、「宇宙ってすごいな」と、ふと思ったのです。そして宇宙のことを調べている中で、アポロ計画のドキュメンタリー番組を見ました。人類が初めて月面に立った瞬間、管制室では人々が抱き合い、喜びを爆発させていました。私もこんな瞬間に立ち会いたい、と思ったのです。当時は月に行くことが人類の共通の夢でした。では人類が月の次に目指すのは?と考え、火星探査に携わりたいと思うようになりました。

それからどのような道を歩んできたのでしょうか?

宇宙に関する中高生向けのイベントや講演会を探して参加し、情報を集めました。理学系か工学系か、理学系なら天文学か惑星科学かと、少し迷ったこともありましたが、東京工業大学(現 東京科学大学)の理学部に進学しました。

そして、火星隕石の物質科学を研究されていた地球惑星科学科の臼井寛裕先生の研究室を訪ね、「私、火星がやりたいんです」と思いを伝えました。臼井先生は「一緒にやりましょう」と言ってくださり、その研究室に所属し、火星隕石の化学分析を行って太古の火星表層の環境を推定する研究に取り組むことができました。

火星隕石とは、火星に小天体が衝突した際に放出されて地球に飛来した岩石で、とても貴重なものです。その火星隕石を実際に解析することで、火星探査への思いはますます強くなっていきました。

火星探査につながる道を着実に歩んでこられたのですね。

実は、そうでもありません。当初は、そのまま東京工業大学の大学院に進学し、火星隕石の研究を続けるつもりでいました。ところが、臼井先生が宇宙研に異動されることになったのです。大学院でも引き続き臼井先生のもとで研究を続けたいと考え、それが可能な東京大学大学院に進学しました。

研究生活は、とても充実していました。しかし、修士2年生のとき、迷ってしまったのです。このまま研究者の道を進むのか、それとも宇宙探査プロジェクトを推進する立場を目指すのか。悩んだ末、宇宙探査プロジェクトを推進する方を選び、JAXAに就職することにしました。

チーム一丸となってプロジェクトを実現する

宇宙探査プロジェクトを推進する方を選んだ決め手は?

研究者も共同研究を行いますが、基本的には自分の興味や関心を追い続けていく、いわばソロプレーの世界です。一方で、宇宙探査プロジェクトを推進する立場では、共通の目標に向かってみんなで力を合わせることが求められます。そうしたチームプレーの方が自分に合っていると感じたのです。

チームプレーが合っていると感じた背景には、どのような経験があったのでしょうか?

私が通っていた京都市立堀川高校では、修学旅行に相当する研修旅行の行き先を、生徒が主体となって決めます。私は研修旅行実行委員となり、NASAケネディ宇宙センターの訪問を盛り込んだ研修プログラムを仲間たちと企画し、実現しました。みんなで力を合わせて目標を達成する過程がとても楽しく、強く印象に残っています。

大学時代は天文研究部に所属し、プラネタリウムを制作するプロジェクトでサブリーダーを務めました。そのときも、チーム一丸となって一つのものをつくり上げることが、とても楽しかったのです。

そうしたプロジェクトが終わった直後は、「やっと終わった。疲れた......」という言葉しか出てきません。でもしばらくすると、「あの日々は、すごく楽しかったな。またやりたい!」と思っている自分がいます。

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2016年に東工大天文部で製作した自作プラネタリウム。現在も東京科学大の学祭で見ることができます。

お話を伺っていると、とても積極的な印象を受けます。

火星探査をやりたいという明確な夢を持っていたので、その夢につながることなら何でも挑戦しようというスタンスで、学生時代を過ごしていました。

火星衛星サンプルリターンと水星磁気圏探査

JAXAではどのような仕事をされているのですか?

最初に配属されたのは、月惑星探査データ解析グループでした。月周回衛星「かぐや」や小型月着陸実証機「SLIM」が観測したデータの解析を行いました。

2024年11月に異動し、現在は火星衛星探査機「MMX」プロジェクトチームに所属しています。国際水星探査計画「BepiColombo」プロジェクトチームも併任しています。

MMXは、火星の衛星フォボスとダイモスを観測し、フォボスに着陸してサンプルを採取し地球へ持ち帰る、世界初の火星衛星サンプルリターンミッションです。私は、データ解析・アーカイブシステムの開発と、探査機に搭載されるミッション機器開発の取りまとめを担当しています。

MMXからは、さまざまなデータが大量に送られてきます。それらのデータを処理・解析し保存するのが、データ解析・アーカイブシステムです。ユーザーが使いやすいシステムを目指して開発を進めています。

MMXには13のミッション機器が搭載されます。各機器の開発や試験を進める中で、さまざまな要望や課題が生じます。それらを把握・調整し、解決へ導くことが、ミッション機器開発取りまとめ担当の役割です。MMXは、2026年秋の打上げを目指しています。これから試験と審査会が続いて慌ただしくなるので、気を引き締めているところです。

BepiColomboプロジェクトチームでの担当は?

BepiColomboプロジェクトにおいて日本は、水星磁気圏探査機「みお」の運用を行い水星の磁気圏を観測します。私は、「みお」から送られてくる観測データを科学研究に最大限活用するために、どのように処理し、どう配分すべきかを検討するサイエンスデータハンドリングを担当しています。

「みお」は、ESAが開発した水星表面探査機「MPO」とともに、2026年12月ごろに水星の周回軌道に投入され、そこから本格的な運用が始まります。それに向けて、運用訓練にも取り組んでいます。

念願の宇宙探査プロジェクトに参加し、どのように感じていますか?

火星衛星サンプルリターンであるMMXは、大学・大学院で取り組んでいた火星隕石の研究に近いです。一方で、水星の磁気圏探査を行うBepiColomboは、分野としてはやや離れています。そのためBepiColomboも併任すると聞いたときは、少し驚きました。でも今は、この配属にも意味があるのだと分かります。

探査対象が違うだけでなく、MMXは日本が主導するミッションであり、BepiColomboは日欧共同ミッションであるという違いもあります。JAXAの中での規模も体制も違います。こうした対照的な2つのプロジェクトに携わることで、それぞれの良い点や課題が見えてきて、とてもよい経験になると実感しています。

将来的には、プロジェクトの構想段階から携わりたいと思っています。そしていつかは、火星の有人探査の実現に貢献したいと考えています。

自分だけの特別な人生を

日頃から心掛けていることはありますか?

自分だけの特別な人生を生きたいと思っています。

自分だけの特別な人生とは、どういうことでしょうか?

小学生のころ、人生がとても長く感じられました。そして、長い人生に退屈しそうで怖かったのです。そこで、自分の人生が退屈ではない、特別なものになるように、夢中になれるものが欲しいと思っていました。

そうして出会ったのが、宇宙でした。宇宙には、人類がまだ見たことがないもの、行ったことがないところ、未解決なことがあふれています。宇宙ならば一生をかけても退屈しないだろうと考えたのです。そして今、宇宙探査プロジェクトに携わり、まさに自分だけの特別な人生を生きていると感じています。

夢をもらった。今度は返す番

JAXAベンチャーStarry Canvasのメンバーでもあります。

Starry Canvasは、JAXAの職員を中心に2024年に設立された会社です。宇宙をテーマに、探究的なプログラムやイベントの実施、教材の提供などを行っています。もともとアウトリーチに興味があって大学・大学院時代にも活動していたこともあり、「一緒にやらせてください」と自分から声を掛けました。

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2025年4月に浜松町の宇宙の店にて惑星探査をテーマとしたワークショップを開催しました。

とても忙しいにもかかわらず、アウトリーチにも力を入れるのはなぜですか?

私自身、中高生のころ宇宙に関するイベントや講演会を探して参加していました。そうした場で宇宙のことをたくさん知り、火星探査に携わりたいという夢をもらいました。今度は私がそうした場をつくり、これからの中高生たちに返す番だと思っています。

私は高校生のころまで関西に住んでいました。イベントや講演会の開催は首都圏に集中していたため、参加を見送らなければいけないこともありました。最近はオンライン開催も増えていますが、地方に暮らす人たちにもそうした機会をもっと届けられるようにしたいと考えています。

見たことのない景色に出会いたい

休みの日はどのように過ごしていますか?

登山に行くこともあります。見たことのない景色に出会いたいというのが、山に登るモチベーションです。宇宙探査と根っこは同じなのかもしれません。槍ヶ岳から見た星空は、人生で一番きれいでした。

ローカル線での鉄道旅行も好きです。外を眺めていると、見たことのない景色が次々と現れるのが楽しくて飽きません。車を運転しているのと違い、本を読んだり、少し寝たり、好きなことが何でもできます。そんな自由な空間に身を置いていると、心地よさを感じます。

もちろん、何もしないでゴロゴロしている日もありますよ。

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2024年7月に旅行で訪れたツェルマットにて。

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2020年9月には青森県の五能線というローカル線の観光列車に乗りました。

【 ISASニュース 2025年5月号(No.530) 掲載 】(一部加筆)