再び宇宙業界へ
2023年にJAXAに入職されました。現在は、どのような仕事をされているのですか?
科学推進部で安全・衛生・厚生に関する業務の取りまとめを担当しています。具体的には、宇宙研で働く皆さんの安全を確保するためのルールづくり、安全教育や訓練の実施、法令を順守しているかの監査などを行っています。宇宙研では、化学物質や火薬などの危険物、高圧ガス、放射線も扱うので、安全管理はとても重要です。また衛生管理としては健康診断の実施や、健康に関する意識向上のための情報提供やイベントの開催など、厚生に関しては食堂やグラウンドの管理なども行っています。
以前から安全管理の仕事をされていたのですか?
また、なぜJAXAを選んだのですか?
私は、大学で航空宇宙システム工学を学びました。高校生のころから宇宙開発に携わりたいと思っていたのです。大学卒業後は川崎重工業㈱に入社し、JAXA種子島宇宙センターでのロケット打上げ作業や地上設計、またフェアリング製造などに携わってきました。しかし持病が悪化してしまい、治療に専念するために10 年ほど務めた川崎重工を退社しました。当時は宇宙業界から離れることが、とてもさみしかったです。
その後、持病が回復してきたことから日産自動車㈱に就職し、5年ほど工場・本社で安全管理に携わっていました。その間も、実はJAXAの採用情報を定期的にチェックしていました。そして、「相模原キャンパスにおける労働安全衛生・環境等管理に関する業務」というキャリア採用の募集を見つけたのです。これに応募して駄目だったら、再び宇宙業界で働くという夢は諦めるつもりでした。
安全管理で大切なのは人と人の関係
安全管理には、どのような難しさがあるのでしょうか?
現場の人が自発的に取り組まなければ、安全は確保できません。そして、一人一人が率先して取り組もうという雰囲気をつくるには、安全に対する理解をどのように促すかが重要になってきます。安全管理の担当者は現場から嫌われるのが当たり前だと、前職でもよく言われたものです。しかし、「ルールだからやりなさい」と強く言い過ぎると、現場との軋轢が生じることがあります。逆に低姿勢で接すると、軽視されてしまいます。どちらも仕事がやりにくくなります。
では、どのような方法がよいのでしょうか?
安全管理で大切なのは、人と人の関係だと思うのです。私は、対等な目線で話すことを心掛けています。このルールを守らないとどういうリスクがあるのか、また、このルールがなぜつくられたのかを、対等な目線で説明します。とはいえ、全ての人と対等な目線で接するというのは、とても難しいことです。しかも宇宙研の場合、職員の研究者や技術者だけでなく、学生や、大学・企業の研究者や技術者など、多様な立場の人がさまざまな活動をしています。安全に対する意識も、人によって異なります。最大公約数的なノウハウをつくれないかと、考えているところです。
また、「安全管理の取り組みレベルを数段階引き上げてください」と急に言ったら、皆さんは戸惑うでしょう。少しずつ進めていくことも大切です。今、安全に関するリテラシー向上のための施策を準備しています。その施策が導入された際には、安全の重要性を再認識し安全に対する意識や対応を少しでも高めていただけたら、安全管理担当としてとてもうれしく思います。
縁の下の力持ちとして
安全管理という仕事の魅力は、どのような点ですか?
多くの人がそうであるように私も、ロケットの設計をしたい、新しいエンジンを開発したいと、宇宙業界に飛び込んできました。最初は、そういうスポットライトが当たる仕事しか見えていませんでした。しばらくして宇宙業界の全体像が見えてくると、バックオフィスの仕事、つまり縁の下の力持ちとして多くの人たちの貢献があってこそ、ロケット打上げも衛星観測も惑星探査も可能になることに気付きました。安全管理も、まさに縁の下の力持ちです。スポットライトが当たるところよりも、縁の下の力持ちの方が、自分の性格に合っていると感じています。
安全管理の仕事は、ストレスが多くありませんか?
安全管理の担当は、サッカーのゴールキーパーに例えられることがあります。3対0のように一方的に勝っている試合では、ゴールキーパーは注目されません。
しかし、点を取られるとゴールキーパーの責任が問われます。安全管理も同様で、ひとたび事故が起きれば責任が追及される厳しい仕事です。安全管理の担当者は離職率が高いという統計を目にしたことがあります。安全管理の担当者が次々と変わり、しかも引き継ぎが不十分だと、事故のリスクが高まります。安全管理の担当にとっては、もちろんやるべきことをしっかり行った上で、細く長く続けるというのも大切な考え方なのかもしれません。私は、安全管理のスペシャリストとして宇宙研を長く支え続けたいと思っています。
【 ISASニュース 2024年10月号(No.523) 掲載 】