第4章 初期のミューと宇宙科学

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「てんま」──ラピッド・バースターの観測

1982年は、Mロケット整備塔を新しくするというので、科学衛星の打上げはなし。新しい整備塔が、次のM-3SIIを念頭において作られた。

──1983年2月にM-3S-3が打ち上げた衛星「てんま」(ASTRO-B)は、2重スピンの姿勢安定方式でしたが、打上げ後暫くしてから奇妙な首振り運動を呈するようになり、力学の専門家の間で「てんまの首振り」として話題となりました。──(秋葉鐐二郎)

──「てんま」に世界で初めて衛星に搭載された蛍光比例計数管は、広い帯域にわたるX線のスペクトルの変動を調べるもので、小さいけれども初めて用いるミラーによって、非常に低いエネルギーのX線観測等に大きな活躍をしました。──(田中靖郎)

わが国2番目のX線天文衛星ASTRO-Bは、1983年2月20日14時10分(日本標準時)にM-3Sロケット3号機によって打ち上げられ、近地点高度497km、遠地点高度503km、軌道傾斜角31.5度、周期94.4分の軌道に投入された。命名「てんま(天馬)」。

「はくちょう」の成果を発展させるため観測装置の性能向上を図り、銀河系の外まで観測範囲を延ばした。衛星重量は約218kgで、ガスジェットを使わずホイール(はずみ車)の回し方を調節することによって姿勢の安定を保ち、約10分間に1回のゆっくりした回転をする。衛星のスピン軸は、地球の磁場を利用して天空上の任意の方向に向ける(磁気トルク方式)ことができ、目的のX線天体を捕捉する。軌道上で展開する4枚の太陽電池パドルの発生電力は約140Wであった。

太陽電池パドルの展開、各機器のテスト、磁気トルクによる姿勢制御、スピン制御と順調に推移し、帆座のX線パルサーVela X-1の観測を皮切りに、定常観測に入ったのは3月初めのことであった。

田中靖郎

田中靖郎

「てんま」1周目、太陽電池パドル展開に向け緊張のミーティング

「てんま」1周目、太陽電池パドル展開に向け緊張のミーティング

「てんま」蛍光比例計数管

「てんま」蛍光比例計数管

間もなく、衛星のニューテーション(軸のふらつき)が増加するという予想もしなかった不具合が発生した。これはホイールの異常によるもので、ホイールを止め、「はくちょう」と同じフリースピン方式に切り替えた。ホイールが使えないことで、星姿勢計による位置決定の多少の困難や観測精度に若干の影響があったが、主観測機器には影響はなく、運用が続けられた。

「てんま」に搭載した蛍光比例計数管(SPC)は、その高感度によってX線パルサー「VelaX-1」の283秒周期の脈動を捉えることに成功し、また、高いエネルギー分解能のおかげで質の高いX線スペクトルを得ることができた。

「てんま」はさらに1984年7月のラピッド・バースターの頻発性の活動を観測した。典型的なタイプIIのバーストの例を見事に示してみせたのである。タイプIIのバーストの注目すべき特徴の一つは10秒から数分までの短い周期で活動が繰り返されることである。その周期は起きているバーストから放たれる全エネルギーに比例している。

「てんま」は1984年7月10日早朝までは正常に運用されていた。しかしその17時間後、7,744周回の入感時に、テレメータ信号が復調しないという異常が発生した。次の周回も同様であった。幸い地上からのコマンドによって復調ができるようになり、データ取得も可能になった。

関係者による診断と解析の結果、おそらく何らかの原因によって電池出力回路にショート状態が発生し、その結果電池とバスライン間の接続が断線したと推定された。そして、この不具合を起こした有力な原因は、電池の充電やバス電圧を制御している電力制御回路が、正常に動作しなかったためと考えられた。

この電源系の異常により運用に大きな制限が生じた。日陰のときは運用ができず、そしてプログラマブル・タイマーも日陰をまたいでは使用できず、従って長時間運用は事実上不可能になり、観測は日照中に限られた。このように観測効率は低下したが、幸い「てんま」のユニークな性能は損なわれなかったので、細心の注意を払いながら運用が続けられた。

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