第4章 初期のミューと宇宙科学

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全段制御のM-3S登場

そしてついに全段に制御能力を備えたロケットを日本が持った。1980年、M-3Hの第1段にもTVCをつけたM-3Sの1号機が、試験衛星「たんせい4」(MS-T4)を軌道に投入した。これには、翌年打ち上げる太陽観測衛星ASTRO-Aの準備として積んだ卓抜なアイディアのブラッグスペクトロメータが、すぐに見事なスペクトルを地上に送ってきた。

M-3Sの2号機は、1981年2月に太陽をX線でとらえる「ひのとり」(ASTRO-A)を運んだ。アメリカの太陽観測衛星SMMが途中から不調を来しているのを尻目に、正に独壇場の働きを見せ、太陽フレアの新しいX線像を私たちに提供しつづけた。そしてこの「ひのとり」は、その後今日まで続くわが国の太陽フレア観測の黄金時代の基を築いた。

──ただし、衛星を内之浦に運ぶ寸前に、太陽電池パネルを開くためのテストで、ワイヤーが切れなかったときはあせりましたね。その時の工学のグループの手際よい処理が非常に有難かったですね。結局材料を取り替えてうまく行ったんです。──(田中靖郎)

ついにミューロケットは全段制御のロケットとなった。これで軌道精度の一層の向上と打上げ条件の緩和が実現された。M-3Sが打ち上げた衛星は、「たんせい4」「ひのとり」「てんま」「おおぞら」である。

新装したばかりの整備塔

新装したばかりの整備塔とランチャ

M-3S-1

M-3S-1号機

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