第4章 初期のミューと宇宙科学

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「おおぞら」──中層大気を探る

時代は一気に進んで1984年2月14日17時00分、EXOS-C衛星がM-3Sロケット4号機によって打ち上げられ、遠地点高度865km、近地点高度354km、軌道傾斜角74.6度、周期96.9分の準極軌道に投入され、「おおぞら」と命名された。

大気については、それまで地表に近い高度10kmから100km程度までの中層大気の観測と研究が取り残されていた。1970年代を経て、中・上層大気の観測が地上からのリモートセンシングで行われるようになり、中層大気中の大気組成や温度の測定が可能になってきた。このようなさまざまな手段による観測に室内実験やデータ解析などを総合して、国際的に中層大気の研究を進めようという計画が各国の研究者間で検討され、「中層大気国際協同観測計画(MAP)」が1982年〜1985年に実施されることになった。

「おおぞら」は、そのMAP計画への積極的な協力の一環として、全地球的な中層大気の観測を行うために計画されたものである。データ受信は、内之浦(KSC)だけでなく、南極の昭和基地とスウェーデン北部のエスレンジ基地でも1日5回行われた。これは、データ取得率を上げるためと、オーロラ現象の解明に好都合なことから選ばれたものである。

「おおぞら」は、打ち上げてすぐバッテリーの劣化というアクシデントに遭遇したが、関係者の粘り強い努力によって4年にわたり多くの貴重な観測データを取得し、中層大気の観測で貴重な成果をもたらした。

(1)中層大気中の微量成分による太陽光の吸収スペクトルの観測
(2)極域および南太平洋地磁気異常帯上空における高エネルギー粒子の観測

「おおぞら/EXOS-C」

「おおぞら/EXOS-C」

打ち上げ前の全員打ち合わせ

打ち上げ前の全員打ち合わせ

などが主なものである。特に大きな成果の一つは、磁場に関する電子温度の非等方性を確認したことであり、これにより電子温度測定に関するいくつかの混乱を説明できるようになった。

とはいえ、打上げが順調だったわけではない。第3段モータとの分離5秒後に、衛星が約1.3Gの衝撃を受け、それ以降半頂角約2.5度のコーニング運動が生じた。これは、おそらく第3段モーターがその残留推力によって衛星に接近し接触したためと推測された。さらにこのとき、衛星は残留ガスによる汚染(コンタミ)を受け、太陽電池パドルおよび外被表面の分光特性が変化したので、その後の運用に重大な支障が生じた。

軌道投入直後の全日照とコンタミによる衛星表面の分光特性変化が重なり、予想をはるかに超える高温にさらされたバッテリーの容量が、定格8AHに対し1.6AHまで劣化する不具合が発生した。この劣化により衛星の運用が大変な制約を受けるため、地上でのシミュレーションなどいろいろとその回復方法を試みたが、有効な方法は見つからなかった。

衛星運用管理を担当した中村良治は、

──容量が5分の1に減少したバッテリーが過放電にならないように、残存容量を注意深く計算しながら観測装置をオン・オフして運用しました。──

と、当時の苦労を語っている。

「おおぞら」は、日本時間1988年12月26日14時11分53秒(周回数2万6,799)、内之浦での受信を最後に、再びその上空に帰って来ることはなかった。計算によれば、同日の日本時間23時39分、ニューギニア上空の高度90kmにおいて消滅したと思われる。

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