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宇宙科学の最前線

次世代の宇宙輸送はハイブリッドロケットで! 宇宙飛翔工学研究系 教授 嶋田 徹

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はじめに

 宇宙工学の代表的な成果といえば、宇宙ロケットと人工衛星です。言うまでもなく、前者は宇宙空間に物資や人を輸送するための技術、後者は軌道上にあってさまざまな用務を果たすための技術です。宇宙研は1950年代にロケットの研究開発に着手し、1970年に国産初の人工衛星打上げに成功後、M(ミュー)型ロケットを発展させて、多くの科学衛星を打ち上げてきました。これらの宇宙工学研究開発は、現在開発中のイプシロンロケット、再使用観測ロケット、水星探査機BepiColombo、X線天文衛星ASTRO-Hなど、ロケットや衛星開発に継承されています。

 ここでは、これからの宇宙輸送と社会の要請に応えるために、大学と宇宙研の研究者がワーキング・グループ(HRrWG)を結成して取り組んでいるハイブリッドロケットの研究について紹介します。

ハイブリッドロケットの長所

 ハイブリッドロケットの長所は、安全性、高性能、環境への優しさ、燃焼中断/再着火/推力絞り制御などの機能性、低コスト性と考えられています。なぜハイブリッドロケットにこれらの長所が備わっているのか、これから見ていきましょう。

 図1にハイブリッドロケットエンジンの主な構成を示します。図のようにハイブリッドロケットは、燃料を固体で、酸化剤を液体で搭載しているので、燃料と酸化剤が自然に混じり合うことはありません。すなわち爆発の危険性のない安全なロケットです。火薬ではないため取り扱いが容易であり、管理コストも抑えることができます。酸化剤には酸素、過酸化水素、亜酸化窒素などが、燃料には末端水酸基ポリブタジエン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ワックス、アクリルなどの炭化水素系高分子が用いられます。ここで挙げた材料は日常多く使われているものであり、特別な固体推進剤と異なり安価です。

図1
図1 ハイブリッドロケットエンジンの構成


 これらを適切な配合比で燃やすと、固体推進剤に比べて10%以上高い比推力が得られます。すなわち、排気ガス単位質量当たりが生み出す推進力が高い高性能なロケットをつくれることを意味します。また、例えば炭化水素と酸素を反応させる場合、生成物に塩素化合物などを含まない、環境に優しいエンジンをつくることができます。また、酸化剤の流量を制御することによってエンジンの出力調節、停止・再着火が可能であり、機能性の高いロケットとなります。

境界層燃焼がハイブリッドロケットの鍵を握る

 エンジンの作動時には、高圧ガスやポンプで圧された液体酸化剤が固体燃料を充填した燃焼室に吹き込まれます。通常、自然には着火せず、別途用意した点火器で熱を加えて着火します。着火がうまくできると、固体燃料の表面に火炎が形成されます。実は固体燃料は、熱によって分解または溶融し、燃料気体を発生させます。一方、液体酸化剤も熱によって蒸発し、酸化性気体となっています。これら2種の気体が対流・拡散しつつ適度に混じり合ったところで、化学反応が起き火炎をつくるのです。このような火炎を拡散火炎と呼んでいます。いったん火炎が生じると、それ自体の熱によって新たに燃料と酸化剤の気化が促され、化学反応が継続的に起こり火炎を維持します。通常は、燃料表面に沿って酸化剤を流し、この流れが固体表面で粘着するために形成される「境界層」内に拡散火炎ができるので、この現象を境界層燃焼と呼んでいます。図2に境界層燃焼で起きている物理・化学現象をまとめました。化学反応、物質の相変化、物質と熱の輸送など、多様な現象が関係し合う複雑な過程であることが見て取れます。ハイブリッドロケットの技術は、境界層燃焼をいかに上手に取り扱うかにかかっています。

図2
図2 境界層燃焼


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