日本時間2024年1月20日午前0時20分頃、SLIMは日本初の月面軟着陸を達成しました。高度50m付近以下で推進系にトラブルが生じたものの、世界初となる月面ピンポイント着陸を実現しました。第7回では、誘導航法制御系の簡単な紹介と共に、担当者の視点で運用現場の様子を振り返りたいと思います。

SLIMのピンポイント着陸実現には、探査機の目である「画像照合航法」と、探査機の頭脳である「誘導航法制御」がキー技術でした。特に誘導航法制御系(英語ではGuidance, Navigation, and Control; GNC(ジー・エヌ・シー))は、探査機のスマートな目「画像照合」などの情報から、現在の位置や速度などを素早く推定し(航法)、その場で飛行予定経路を作り出し、目的地へと導く能力(誘導制御)が求められます(解説記事:ISASニュース2022年9月号)。SLIMの着陸降下シーケンスは日本上空で例えると、北海道の新千歳空港を秒速1.7kmの速度(旅客機の数倍!)で出発し、20分後に兵庫県の阪神甲子園球場内(100m以内)に着陸するイメージです。このダイナミックかつ正確な着陸を、自動操縦で実現することが、GNC系の使命でした。

管制室では着陸降下開始の約30分前から数分前にかけて、各サブシステム担当者が探査機状態を最終確認し、最終Go/ NoGo判断結果をコールしていきます。ここで万が一問題が見つかれば、シーケンス中断の提言もあり得る、緊張感のある判断ポイントです。熱系OK、電源系OK、画像系OKといった形でコールが進む中、GNC系は各系の中で最後に判断を行うため、気が抜けません。降下開始の数分前に誘導計算が自動実行され、目標地点までのルート(軌道)が正しく計算されたことを確認し、「よし、いくぞ!」という気持ちを込めて「誘導OK!」とコールしました。

図1

図1:動力降下フェーズ中のテレメトリ画面(例)。画面作成はJAXA職員の横田 健太朗氏(研究開発部門、第一研究ユニット)、後藤健太氏(研究開発部門、第二研究ユニット)、中平聡志氏(宇宙科学研究所、科学衛星運用・データ利用ユニット)らの貢献が大きい。

着陸降下が始まってからの20分間はあっという間でした。各系が定期的に状態を報告し、「次シーケンスまであと●分」と周知がある中、GNC系からも「軌道・姿勢OK」と報告を挟んでいきます。「(このまま上手く降りてくれよ...)」と祈るような心境でテレメトリ画面(図1)を見守ります。前半の動力降下フェーズが順調に進み、後半の垂直降下フェーズに移行してからは、さらにあっという間でした。垂直降下フェーズに入ってから間もなく、着陸レーダ(月面からの距離や速度を測るセンサ)の担当から「レーダ、ロックオン!」のコールがあり、月面はすぐそこだと感じると共に、ここまで上手く飛んで来られたのだと期待が高まります。垂直降下中に何回か行う水平位置の修正も順調に進んでいきます。タッチダウン時は想定と異なる着陸姿勢で静定しており、しばらく緊張と動揺で溢れましたが、探査機の生存を確認できた時には心底、安堵しました。垂直降下フェーズ中に撮影した画像(図2)からは、まるで目標地点に吸い寄せられるかのように降りていく様子が分かります。

図2

図2:垂直降下フェーズ中の月面画像。着陸後にデータ評価したもの。

GNC系は世界初となるピンポイント月面軟着陸の自律飛行を司るがゆえ、開発フェーズでは多くの困難に直面しました。その際、SLIMチーム内外の方々にご支援を頂いたお蔭で、開発を完遂することができました。また、世間の皆様から頂いた暖かい声援には、大変励まされました。心よりお礼申し上げます。

【 ISASニュース 2024年3月号(No.516) 掲載】