今回はSLIMの構造系についてです。早速ですが、SLIMがどういった構造をしているのか、実機ではML(I Multilayer Insulation、多層膜断熱材)と呼ばれる金色の断熱材に隠れて見えなくなってしまっている部分も含めて概要を紹介します。図1に示すのが、打上げ形態でのSLIM構造の外観です。MLIを省いて構造を見やすくしています。若干ややこしいですが、本来SLIMの上下はメインエンジンが下であり、図1のSLIMはひっくり返った状態です。ですが、構造系は主にロケット搭載状態である図1の向きで考えることが多く、ここでもその視点から説明させていただきます。

図1

図1:SLIM構造外観

図1で機体の下端にあるロケット結合リングがロケットとの結合部です。そこからPAF(Payload Attach Fitting)リングと呼ばれる円錐状の部材により中央にある大きな推薬タンクへとつながります。なお、PAFとは積載物取り付け金具という意味で、よくロケットの部品について使われる略称です。その由来からして積載物側のSLIMの部品にPAFと表記するのは少し変なのですが、見た目がロケットのPAFに似ているということでこの部品を「PAFリング」と呼んでいます。タンクの上側にはデッキパネルと呼ばれる大きな板が接続されています。このデッキパネルはスラスターからの熱的な影響を避けつつ降下中に地面を直視できる位置にあることから、各種センサー類が多数搭載されています。また、デッキパネルからタンクの両脇に向けてはパネルで構成された箱状の構造体が配置されています。この構造体は「機器ボックス」と呼ばれており、この中には航法誘導制御、電源、通信、着陸後の科学観測用のカメラなどの各種電気機器が収められています。この機器ボックスは横揺れを防ぐためにPAFリングと軽く接続されているものの、基本的に重量はデッキパネルによって支えられており、打上げ時はいわばデッキパネルにぶら下がっている状態となります。デッキパネルの更に上には軌道制御や姿勢制御用のスラスター類をまとめて保持するRCS(Reaction Control System, 推進系)パネルがあります。また、RCSパネルには月面への着陸時にいち早く接地する主脚と呼ばれる大きな衝撃吸収材も取り付けられています。この主脚が月面に接地した際の大荷重を受け止めるため、RCSパネルは複数の支柱によりタンクやデッキと強固に接続されています。主脚を含むSLIMの脚についてはISASニュース2019年12月号*でもご紹介していますので参照ください。その他、図1では見えにくい機体の背面には太陽電池シートを敷き詰めたパネルが取り付けられています。

図1に見るSLIMの構造の大きな特長の1つはタンクを構造材として使用していることです。一般的な衛星の構造では、中央に全体を支える十字のパネルや円柱状の構造部材を立てて、タンクはそれに取り付くような形が多いですが、SLIMの場合はタンクそのものにデッキを支えさせることで構造材の質量を大幅に削減することに成功しました。SLIMのような着陸機は、降下の際に必要な燃料を確保する必要があり、質量削減は重要な要素でした。一方で、タンクは組立後に加圧充填に伴って大きく膨張します。この膨張による変形を適切に逃がしつつ、強度を保ってタンクを主構造に組み込むというのは、実は容易なことではありません。この構造の実現のために随所にメーカーさんの非常に高度な設計技術や組み立て技術が反映されています。また、一般的な人工衛星の構造にとって主要な検討対象はロケットでの打上げ時に生じる荷重ですが、月着陸実証機であるSLIMは着陸時の荷重についても考える必要がありました。そのため開発の最終段階では探査実験棟において実際に構造モデルを着陸姿勢で落下させて機体の強度を確認する試験(図2)を実施しています。SLIMは2段階着陸という特殊な着陸方式をとることもあって、この試験も落下姿勢などが非常に特徴的な試験となりました。

図2

図2:模型落下試験

以上、大まかではありますがSLIMの構造を紹介しました。今後とも応援のほど、どうかよろしくお願いします。

【 ISASニュース 2023年9月号(No.510) 掲載】