宇宙の熱環境は過酷

どのような研究開発をされているのですか。

宇宙機の熱制御が専門です。例えば地球周回軌道上では、太陽光が当たるところはプラス100℃以上、太陽が当たらず深宇宙を向いているところはマイナス100℃以下になります。一方、宇宙機は精密機器の塊であり、基本的には私たちが住んでいる世界の温度で動作します。その温度範囲からはみ出ると機能しません。過酷な熱環境の中で、搭載機器の温度を適切に維持管理することが必要であり、それを行うのが熱制御です。

熱制御にはいろいろな方法があり、ミッションに応じて組み合わせます。具体的には、サーマルストラップなどの伝導熱制御、ヒートパイプや機械式冷凍機などの熱流体制御、多層膜断熱材(MLI)やラジエーターなどのふく射熱制御、ヒーターやペルチェ素子などの発熱・冷却制御が挙げられます。これらの中でも私は特に、ヒートパイプによる熱輸送技術に力を入れて研究開発を行っています。

ヒートパイプは、どのように熱を輸送するのですか。

アルコールを肌に付けると、冷たく感じますよね。これは、アルコールが蒸発するときに肌から熱を奪うからです。暑い日、冷たい水を入れたコップには水滴が付きます。これはコップの水によって冷やされた空気中の水蒸気が凝縮して液体になるためです。ヒートパイプの中には流体が入っていて、蒸発と凝縮という現象を利用して熱を効率よく運びます。しかも電力を必要としません。

一般向けの研究紹介で、ヒートパイプの熱輸送を体験できるブースを出したことがあります。棒状のヒートパイプの端を持ち、反対の端をお湯に入れます。すると一瞬で、持っている端まで熱くなります。子供も大人も「うわっ!」と声を上げて驚きます。ヒートパイプの熱伝導率は、銅の数十倍も高いのです。

ヒートパイプは1960年代に開発され、これまでさまざまな宇宙機で使われてきました。私は今、次世代型にあたるループヒートパイプの研究開発に力を入れています。

高効率に無電力で熱を運ぶループヒートパイプ

ループヒートパイプは、どういう点が優れているのですか。

ヒートパイプの場合、吸熱部から放熱部へ生じる蒸気の流れ、放熱部から吸熱部へ生じる液の流れが一本の管内で逆方向に生じます。それが抵抗となり、熱輸送性能が落ちてしまうのです。ループヒートパイプでは、蒸気と液が流れる管を分離し、ループ状にすることで流体が一方向にぐるぐる流れます。そのため、ヒートパイプの10〜100倍と、非常に効率よく熱を輸送できます[1, 2]

どういうテーマで、ループヒートパイプの研究開発を進めているのでしょうか。

幅広い発熱密度に対応した熱輸送を可能にすることと、極低温で使えるようにすることを目指しています。天文衛星や宇宙望遠鏡では、天体を見るための目にあたる検出器を極低温まで冷やさないといけないので、極低温で動作できるループヒートパイプの需要があるのです。液体ヘリウム温度の4ケルビン、マイナス269℃で使えるループヒートパイプの実用化が目標です。

宇宙機が暑いと感じたら自分で積極的に放熱し、寒いと感じたら自分で外部環境と断熱する。自律的に熱制御ができるシステムの研究開発も進めています。

プロジェクトの実現のためのトップダウンの研究開発も重要です。一方で、ボトムアップで基礎研究から発展させていくことで、誰も見たことがないものを生み出せるとも思うのです。

宇宙機は、構造、推進、通信、姿勢制御など、さまざまなシステムで構成されています。その中で熱制御の特徴は?

熱制御は外には見えにくいので、「縁の下の力持ち」のような存在だと思っています。ミッション機器からバス機器までシステム全体を見渡しながら、それぞれが重要な場面で必要なパフォーマンスを発揮できるように「熱屋」は仕事をします。この意味で自分は性格的に、熱屋が合っていると思っています。小学1年生から高校まで、剣道をやっていました。しかし、高校1年生のときに、けがで剣道を続けることができなくなり、マネージャーに転向したのです。選手が良いパフォーマンスを発揮するために気を配り、部活を支える仕事ができるか最初は不安だったのですが、やってみると思っていた以上に面白くて熱中しました。そして、自分はチームメンバーのために、あまり目立たない部分も含めて淡々と着実に仕事をするのが好きなんだ、と気付きました。外からは見えにくいが、大切な部分を力強く支える。私たち熱屋の仕事は、そういうものだと考えています。

「どんな熱の問題も、どんとこい!」

現在参加しているプロジェクトについて教えてください。

宇宙マイクロ波背景放射偏光観測衛星LiteBIRD(ライトバード)[3,4,5]に参加し、望遠鏡と検出器を冷やすための極低温構造の熱解析全般を担当しています。LiteBIRDは、宇宙誕生の瞬間の謎に世界で初めて迫ろうとする、チャレンジングなミッションです。検出器は0.1ケルビンまで冷やさないといけません。しかも、高精度な観測のために温度の時間変化をとても小さくしないといけないのです。熱制御がミッションの成否に関わっているので、一つ一つを慎重に丁寧に進めています。

宇宙マイクロ波背景放射偏光観測衛星LiteBIRD

今後どのようなことに取り組んでいきたいとお考えですか。

LiteBIRDもそうですが、宇宙研では皆さん、ものすごく挑戦的なミッションをやりますよね。ミッションの難易度が上がり、また搭載する機器が高性能化し、それをコンパクトに収めなければいけないため、体積当たりの発熱量がどんどん大きくなっています。そのため、熱を効率よく運んで捨てる技術が、ますます重要になってきています。挑戦的なミッションを実現できるかどうか、その鍵の一つが熱制御なのです。

熱の問題が理由で挑戦的ミッションを実現できない、ということをなくす。それが目標です。ただし、当然一人では無理です。そこで、JAXA内外の研究者や技術者を巻き込んで、宇宙機熱制御の研究会を今年立ち上げました。そう遠くない将来に「どんな熱の問題も、どんとこい!」と言えるようになりたいですね。

剣道で学んだ「守破離」のプロセスを研究でも

子供のころ、どういうことに興味がありましたか。

小学生のころは、読書と工作が好きな剣道少年でした。しかも、こだわりが強いタイプでしたね。小学2年生の夏休みの工作では、地元の秋田県鹿角市で行われるねぷた祭りの絵灯籠をつくりました。武者絵が特徴なのですが、絵の具ではなく、墨を使ってロウも引いて本格的に描きました。でも、こだわりすぎて終わらず、最後は半べそをかきながら絵を描いていました。父に手伝ってもらいながら、どうにか完成させ、自分の身長ほどもある絵灯籠を抱えて始業式の朝に登校したことを覚えています。それに懲りず、毎年のように背伸びした工作に挑戦しては、夏休みの最後にひいひい言いながらやっていました。

手先が器用なのですね。

手先の器用さには自信があります。実験では100ミクロン、0.1ミリの細い線を使って温度センサーをつくったりしますが、あまり苦になりません。子供のころは、指先に乗る小さな折り鶴をつくっていました。2羽や4羽つながったものも折れますよ。

剣道を始めたきっかけは? また、剣道にはどういう魅力があるのでしょうか。

7つ上と5つ上の姉がいて、すぐ上の姉が剣道をやっていました。強くて格好いいなと憧れて、同じ道場に入りました。最初はものすごく弱かったのですが、剣道は楽しかったですね。

中学のときの先生の言葉が印象に残っています。その先生は、「練習」ではなく必ず「稽古」と言うのです。そして、稽古とは「古(いにしえ)を稽える(かんがえる)こと」だから、考えなさいと。しかし、ただ考えるのではなく、先人の教えである基本的な動作を学んで身に付け、それを自分の中に落とし込んで応用し、相手に勝つために発展させなければいけない、と教えてくれました。それは千利休が言う「守破離」であり、そのプロセスがとても好きでした。

そして今の私の研究のスタンスは、剣道をやっていたときそのままであり、「守破離」のプロセスを意識し大切にしています。研究での「離」は、新しい理論をつくったり、デバイスの性能を飛躍的に上げたり、分野を新しくつくる、といったことでしょうか。ただし、実は「守破離」の後に「基本を忘れるな」という言葉が続いています。これもとても大切なことです。

ほかにも研究をする上で大切にしていることはありますか。

もう一つあります。論理的に考えられることは全て考え尽くすというのが前提ですが、ふらっと思いついたことを駄目元で良いから、丁寧に試すことを大切にしています。論理を積み重ねた考えは正しいことが多いかもしれませんが、飛躍がありません。駄目元の考えは、飛躍のためにも大切にしています。

これは今までの経験に基づいていて、ずっとうまくいっていなかった実験が、駄目元の考えがきっかけで重要な発見や突破口につながったことがあるのです。しかも2回。論理の積み重ねの王道だけだったら、たどり着かなかったでしょう。ただし、適当にやったら適当な結果しか出ません。駄目元の考えでも丁寧にやることで、きちんと結果につながると思っています。

熱って面白い

子供のころ、将来どのような仕事をしたいと考えていましたか。

担任の先生に憧れていて、小学校の先生になりたいと思っていました。でも3年生くらいのときに、宇宙の本を読み、宇宙にうっすらと興味を持つように。それがはっきりしたのが、2001年のしし座流星群の大出現のときです。両親が、「なんだかすごいものが見えるらしいぞ」と姉と一緒に夜空のよく見える河原へ連れて行ってくれました。遅い時間で、私は半分眠っていましたが。突然、空を覆っていた曇が消え、今まで見たことがない数の流星が降ってきたのです。かっこいい! これだ!と、一気に宇宙への興味が大きくなりました。工作が好きだったこともあり、宇宙の真理を明らかにしたいというよりは、物をつくって宇宙に飛ばしたいと思っていましたね。それで航空宇宙分野を目指したのです。

熱制御を選んだのはなぜですか。

大学院進学を前に研究室見学をさせてもらっていたとき、後に指導教官となる長野方星先生の話を聞き、これだ!と。熱制御は将来の宇宙機にとって特に重要で、我々は10~20年先を見据えた研究を進めている、という言葉に魅せられました。大学院生とも最近よく話すのですが、熱の分野に入る前は、あまり熱制御に興味がないものです。でもやり始めると、奥深い現象が多く学問として面白かったり、近年は宇宙機に限らず様々なモノにとってキー技術となっていたり、比較的短い期間に自分のアイディアを試し、実装できてクリエイティブであったりと、どんどん面白さが増していきます。そういう意味で、学生さんには安心して熱制御分野に飛び込んできてほしいですね。

普段の生活でも、熱は気になります。帰省して姉の子供たちとチョコバナナをつくったときのこと。チョコレートを湯煎するために子供たちが持ってきたのが、プラスチック製のボウルでした。思わず「もっと熱の伝わり(熱伝導率)のいい容器を使おうよ」と言って、プラスチックと金属の熱の伝わり方を語ってしまいました。熱は、ものすごく身近で、意外と面白いものなんですよ。

宇宙飛翔工学研究系 特任助教 小田切 公秀

JAXAを面白い場所にしたい

ご自身の強みは?

強みと言っていいのかは分かりませんが、笑顔はいろいろな人に褒めてもらえます。「笑顔、いいよね」と。うれしいですね。

宇宙研はいかがですか?

刺激的でありながら、居心地の良い場所です。

私は学生時代、イギリスの大学やNASAのジョンソン宇宙センターでも研究する機会をいただきました。それぞれに良さがあるのですが、留学経験も踏まえ、研究環境に対する理想を持っていました。ある先生に、学会終わりに連れていってもらった居酒屋で「こんな環境を探している」と話したら、「小田切くん、それは違うよ」と言われてしまったのです。「思い描く理想の環境があるなら自分でつくりなさい」と。ハッとさせられ、その時から考え方を変えました。

居心地の良い場所ですが、私は、自分が今いる宇宙研、JAXAをより面白く魅力的な場所にしたい。これから面白いことをどんどん生み出していこうと思っています。

参考:
[1] 宇宙科学最前線「高効率な熱エネルギー輸送技術ループヒートパイプ」
https://www.isas.jaxa.jp/feature/forefront/210930.html

[2] JAXA宇宙科学研究所 小川・小田切研究室
https://stage.tksc.jaxa.jp/ogawa/index.html

[3] 宇宙マイクロ波背景放射偏光観測衛星 LiteBIRD
https://www.isas.jaxa.jp/missions/spacecraft/future/litebird.html

[4] Cosmos「LITEBIRDの狙いは宇宙史上最大の膨張の証拠を得ること」
https://cosmos.isas.jaxa.jp/ja/litebird-aims-to-find-evidence-for-the-greatest-expansion-in-the-history-of-the-universe-ja/

[5] Youtube「宇宙創生に迫る宇宙マイクロ波背景放射観測衛星 LiteBIRD」
https://www.youtube.com/watch?v=YmHtur83K5k

【 ISASニュース 2023年9月号(No.510) 掲載 】(一部加筆)