国際宇宙ステーション「きぼう」で「ガラスのなぜ?」に迫る 
−宇宙実験と地上実験の協奏−

2021年5月18日のスイスのジュネーブにおける国連総会にて、2022年を国際ガラス年(International Year of Glass2022)とすることが定められました[1]。国際ガラス年の構想は 2018年に横浜で開かれたガラスの国際会議で打ち出され、ガラスの科学と芸術と文化に関わる世界中の多くの人々が、その実現に向けて努力を積み重ねてきました。世界79ヶ国から International Commission on Glass(ICG)に集まった1,500通を超える賛同書をもとに様々な活動が行われた結果、今回の国連での採択に至りました。2022年は、世界中でガラスの過去、現在、そして未来を祝福するとともに様々なイベントが開催される予定です。

ガラスは、ガラス容器、窓ガラス、光学レンズ、光ファイバー等、我々の生活に欠かせない基盤材料です。その歴史は古く、紀元前4,000年以前の古代メソポタミアで使われていたとされています。しかし、我々にとって身近な存在であるガラスについては、実は驚くほど、分かっていないことがたくさんあります。

図1

図1 (a)ガラス(シリカガラス)と(b) 結晶(α-クリストバライト)の構造。赤丸/酸素、青丸/シリコン。

図1に典型的なガラスであるシリカ(SiO2)ガラス(a)とSiO2結晶(α-クリストバライト、(b))の原子構造を示します。密度がほぼ等しいこの2つの材料は、ともに、SiO4四面体の頂点に位置する酸素(赤丸)を共有することによりネットワークを形成していますが、四面体のつながり方に大きな差異があります。図のように、規則性があるのが結晶、規則性に乏しいのがガラスです。しかし、どのような物質でもガラスになるわけではなく、ガラスになる物質とならない物質があります。ガラスへのなりやすさ(ガラス化)を示す指標として「ガラス形成能」という用語を用いますが、この形成能は作製条件や組成に大きく依存し、一意的に決定できるものではありません。このため、物質各々のガラス形成能は経験的に理解されているだけであり、多様なガラスの創製は、多くが経験則や勘に頼って行われてきました。ガラス形成メカニズムの解明は21世紀に入った現在でも、ガラス科学におけるチャレンジングな研究テーマと言えます。

典型的なガラスは、原料を加熱して液体にした後、急冷(冷却)することによって作製されています。ガラス化に伴う密度の変化は、物質によって様々ですが、我々のグループが主として取り扱う酸化物系材料では、一般に密度は、結晶>ガラス>液体となります。一方で、液体が固化してガラスになる(ガラス化の)際は、物質の粘性が急激に増大します。したがって、ガラスになる前の液体の粘性、密度といった熱物性を詳細に調査することが、材料のガラス化メカニズムの解明における鍵と言えます。言い換えれば、液体がガラス化する際に起こる密度、粘性の変化を理解することができれば、これまで明らかになっていないガラス形成のメカニズムを解明できると期待されます。

これまで我々は、液体を急冷することによって容易にガラス化する物質とガラス化しにくい物質の原子配列や電子状態を、大型実験施設における放射光X線や中性子を使った実験と、スーパーコンピューターを使った計算機実験を組み合わせて調査してきました。しかし、急冷する前のガラス液体は非常に高温で、熱物性の評価そのものが困難です。また、1,500℃以上の高温液体は物理的に温度を上げて液体にすることはできても、①液体を保持する容器に制限がある、②融解や容器と液体との反応によって組成が変動してしまう、③界面の存在によってガラスの結晶化(より熱力学的に安定な結晶へ相転移する)が進行し、バルクガラスが得られない、等の問題がありました。

そこで考案された方法が、液体試料を容器なしで浮遊する「浮遊法[2]」です。浮遊法にはいくつかの種類がありますが、静電気(クーロン力)で液滴を浮遊させる静電浮遊法は、最も真球に近い液体が得られるという特徴があります。液体を真球として保持できれば、その画像から液体の体積を求めることができ、重量を精密に評価することにより、密度を導出することができます。一方、粘性は静電浮遊炉では電気を用いて液体を振動させることができるので、この振動の減衰時間を測定することで導出することができます。しかし、地上においては、地球の重力を打ち消すために高電圧が必要で、放電を抑えるために実験は真空下で行う必要があり、酸化物には不向きでした。

図2

図2 宇宙用静電浮遊炉ELFの(a) 模式図と(b) ISS「きぼう」での実験の様子。

これに対して、国際宇宙ステーションISS「きぼう」に設置した静電浮遊炉ELF(図2)[3]を用いて実験を行なう場合、微小重力下なので、高電圧は不要になります。よって、大気下での実験が可能となり、地上では測定が困難な酸化物液体の熱物性データを取得することが可能になります。我々は、このELFを用いてガラスにならない液体やガラスのなりやすさ(ガラス形成能)が異なった酸化物液体の密度、粘性の計測に取り組んでいます[4]

浮遊法の特徴として、容器と液体との界面が存在しないために、広い温度範囲で過冷却液体を実現できることが挙げられます。図3(a)にガラスにならない液体であるEr2 O3(酸化エルビウム、融点:2,413℃)の密度の温度依存性[3]を示します。非常に広い温度範囲で密度の温度依存性を計測できています。図3(b)に図3(a)の密度を用いてコンピューターシミュレーションを行うことにより得られた構造モデル[3]を示します。この液体にはOEr4クラスタがネットワークを形成して非常に酸素の充填率の高い構造が形成され、それが原因でこの液体がガラス化しないことが明らかになりました。

図3

図3 (a)ELFで測定されたEr2 O3液体の密度の温度依存性[3]と(b)コンピューターシミュレーションから得られたEr2 O3液体に存在するOEr4ネットワーク。ピンクの丸/酸素、青丸/エルビウム。

MgO-SiO2組成については地球のマグマの構成物質として、MgSiO3(輝石)とMg2 SiO4(かんらん石)が挙げられますが、ガラス形成能は前者(MgSiO3)より、後者(Mg2 SiO4)が低く、バルク状のMg2 SiO4ガラスは無容器法を用いないと合成することは不可能でした。最近、我々は、一連の酸化物ガラスの粘性の温度依存性を計測することに世界で初めて成功しています。ISASニュース2022年3月号 の表紙の写真はELFを用いて宇宙で合成されたMgO-SiO2ガラスを示します。

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図4 (a)大型放射光施設SPring- 8に設置された放射光高エネルギーX線回折実験用ガス浮遊炉と(b)米国オークリッジ国立研究所の中性子施設SNSに設置された中性子回折実験用ガス浮遊炉。

さらに我々は、ガラスおよび液体の原子配列や電子状態の解明に向けて、大型放射光施設SPring-8でX線回折実験(図4(a))を、米国オークリッジ国立研究所で中性子回折実験(図4(b))を実施しています。これらの測定には、不活性ガスで試料を浮遊させるガス浮遊炉を用いています。前述のように、液体の回折実験は難易度が高く、1つの実験データから得られる情報も限定されていることから、重元素に敏感なX線と軽元素、とくに酸素に敏感な中性子の両方の実験データが必要となります。放射光X線はビームが絞れ、その強度も高いことから比較的容易に実験が行えました。一方、中性子回折実験ではX線よりビームが絞れず、またその強度も低いことから、S/N比の高いデータを取得することが困難でした。実際に、一度目の実験では満足のいくデータは取得できず、2年の年月を経てようやく解析に耐えうるデータを取得できました。そして、第一原理分子動力学計算を駆使して、精密なガラスと液体の原子構造および電子状態の取得に成功し、現在、結晶・ガラス・液体の原子配列と電子状態の解明に取り組んでいます。

宇宙用のELFの開発には、地上用装置にはじまり、長い年月と多額の予算が投入されて行われてきました。我々の試料は、2018 年9 月にHTV-7 によりISSに運ばれましたが、ソユーズの事故による宇宙飛行士の不足等により、実験は何度も延期となりました。本格的に実験が始まったのは、2020年の秋からですが、当初は浮遊させることすら困難で、著者も「密度1点でも測定するのが限界か?」と半ば諦めていました。しかし、根気よく装置の改良が行われてようやく目的を達成することができました。ここに到達できたのはJAXAのELF開発グループの地道な努力の賜であり、JAXAスタッフにはこの場を借りてお礼を申し上げます。また、米国での中性子回折実験等、日本宇宙フォーラムからは予算の補助をいただいたことにもお礼を申し上げます。今後は、測定結果を論文等で発信して行く予定です。

[1] https://iyog2022.jp

[2] 尾原 幸治、水野 章敏、岡田 純平、小原 真司、石川 毅彦、放射光X線散乱と無容器浮遊法による液体の構造・物性研究, 放射光,33, 112−119(2020).

[3] H. Tamaru, C. Koyama, H. Saruwatari, Y. Nakamura, T. Ishikawa, and T. Takada, Status of the electrostatic levitation furnace(ELF) in the ISS-KIBO. Microgravity Sci. Technol., 30, 643-651(2018).

[4] 小山 千尋、小原真司、田原 周太、小野寺 陽平、石川 毅彦、ガラスにならないEr2 O3液体が持つ特異構造, 放射光, 34 , 30−36(2021).

【 ISASニュース 2022年3月号(No.492) 掲載】