はじめに

30年以上活躍しているハッブル宇宙望遠鏡や2021年12月に打ち上げられたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)から送られてくる、まばゆいばかりの星々や銀河の世界。その観測装置が冷凍機によってマイナス200℃を下回る温度まで冷却されていることを、読者の皆さんは御存じでしょうか? そんなわけで、今回は宇宙用機械式冷凍機についてです。

宇宙科学ミッションにおいて望遠鏡や観測装置を冷却する技術は、より遠くの天体など微弱な観測対象の検出や詳細な観測を可能とし、ミッション価値を決めるキー技術の1つです。加えて、地球観測衛星や惑星探査においても、高感度赤外線センサの信号に混ざる熱雑音を抑えるための必須の技術となります。世界初の赤外線天文衛星IRAS(米蘭英)や、日本初の宇宙赤外線望遠鏡IRTSなど、初期の衛星では液体ヘリウムなど寒剤を用いる冷却方式が主流でしたが1)2)、衛星全体の大部分を占める大きな寒剤タンクを必要とし、複雑な打上げ運用を強いながら観測寿命は1 ~ 2年といったものでした。代わって機械式冷凍機は、寒剤を用いずにピストンを用いた機械的な圧縮・膨張によって低温を作り出すもので、軽量化かつ長寿命化に加えて高い冷凍能力が期待でき、より大型あるいはより高精細な観測装置の搭載を可能としました。いまや主流の冷却技術と言えるでしょう。

本稿では、JAXAで進めてきた宇宙用機械式冷凍機の研究開発と、搭載された宇宙科学ミッションの紹介、および将来ミッションに向け海外と共同で進めた冷凍機システムの技術実証などについて紹介します。

JAXA開発の機械式冷凍機

1970年代初頭には海外で衛星搭載された機械式冷凍機が登場していますが1)、日本では1987年より80K(ケルビン)級1段スターリング冷凍機(1ST)の開発が始まっています3)。これは逆スターリングサイクルという冷却原理を用いています。

JAXAが開発した機械式冷凍機の中で主軸の1つとなるのが2段スターリング冷凍機(2ST)です2)3)4)。住友重機械工業と共に開発したもので、第一世代機は宇宙科学研究所赤外線グループが赤外線天文衛星「あかり」の搭載に向けて開発し2)、その後に研究開発部門が第二世代機を開発しました。逆スターリングサイクルを2段にすることで20Kを作り出します(図1)。最も大きな特徴は冷却効率(求められる冷凍能力/投入電力の比)です。基本的に衛星の電力は太陽電池パネルで得られた太陽エネルギーで賄われますが、その電力は1トン級の衛星でも1kW程度(ヘアドライヤ1つ分)のため、少ない電力でより高い冷凍能力が望まれます。この2STは、圧縮機内部にある対向ピストンを15Hzという比較的低周波で駆動することで低温側の熱交換効率を高め、20Kにおける冷凍能力200mWを投入電力90W以下で実現する世界最高レベルの冷却効率を得ています。

図1

図1:XRISMに搭載された2ST冷凍機の様子3)

日本の誇るもう1つの冷凍機がジュールトムソン冷凍機です3)。4.5Kにて冷凍能力40mWを作り出す4 K級ジュールトムソン冷凍機(4 K-JT)と、さらに低温の1.7 Kにて冷凍能力10 mWを持つ1K級ジュールトムソン冷凍機(1K-JT)があります。いずれもジュールトムソン膨張という液化機などで用いられている冷却原理を使っていて、世界最高レベルの冷却効率を誇ります。特に1K-JTは2K未満を生成できる世界的にも数少ない宇宙用冷凍機で、次世代の赤外線天文衛星への搭載を目指して開発されました5)

宇宙機器で重要なことの1つが信頼性です。軌道上に投入されたあとは当然ながら部品交換含めた調整・修理など出来ません。特に機械式冷凍機の場合、圧縮機内部の対向ピストンなどが数十Hzで駆動されるため、劣化あるいは停止することなく要求寿命(現在は3~5年だが10年以上など長寿命化が求められている)を満たす必要があります。寿命を決める主要因は、駆動部における機械的摩耗と、内部に生じる不純ガスによる作動ガス(ヘリウム)の劣化の2つです。また、打上げ振動環境や放射線に耐える必要があります。JAXAでは、振動試験など一連の耐環境性評価を行いながら、実際に長期運転する寿命評価試験を進め、いずれの冷凍機も要求寿命を満たすことを確認しています2)6)(図2)。

図2

図2:1K-JT寿命評価試験の様子6)

JAXAの冷凍機搭載ミッション

世界的に見て、地球観測衛星などには50~80K級の冷凍機が主流で、それより低温は主に宇宙科学ミッションに搭載されています。2000年以前の日本の宇宙科学ミッションでは、ほぼ全て寒剤を用いた冷却システムでしたが、2005年以降から機械式冷凍機が搭載されるようになりました。

第一世代の2 STを搭載した「あかり」は、2006年に打ち上げられました2)3)。「あかり」は主鏡および観測装置を7 K未満に冷却するために約170 Lの液体ヘリウムが用いられ、2STはヘリウムタンク周囲のシールド冷却用に2台用いられました。また、2009年には国際宇宙ステーション暴露部搭載ミッションSMILES(Superconducting Submillimeter-Wave Limb-Emission Sounder)に4 K-JTおよび2 STが搭載され約8か月間軌道上運用されました3)。残念ながら不純ガスの影響により8カ月で観測不可能となりましたが、重要な知見として後述のミッションに生かされています。

2023年9月に打ち上げられたX線撮像分光衛星XRISMに搭載された観測装置Resolveの冷却システムに機械式冷凍機が搭載されています7)。この冷却システムには、検出器であるX線マイクロカロリメータを50 mKまで冷却するために多段式断熱消磁冷凍機という磁気冷凍機(NASA開発)が搭載され、その予冷のために約30 Lの液体ヘリウムと4 K-JT、4 K-JT予冷のための2ST(第二世代機)2台に加え、さらにシールド冷却用の2ST 2台が用いられています(図3)。

図3

図3:Resolveの真空断熱容器の底面に4K-JTと2ST 2台が搭載された様子

この他、宇宙科学ミッションだけでも金星探査機「あかつき」(1ST)、月周回衛星「かぐや」(1ST)、X線天文衛星「すざく」(1ST)などに機械式冷凍機が搭載されました。

欧州の冷凍機と組み合わせた技術実証

機械式冷凍機は信頼性が重要ですが、さらなる長寿命化やより高い冷凍能力を目指した改良は、次世代ミッションの実現性を高め、冷凍機自身の国際競争力を高めることにもつながります。

2STは、開発完了しXRISMに搭載された設計に対してさらなる高信頼化を狙い、技術フロントローディングとして圧縮機の改良開発を進めています8)。これは、構造・機構設計の観点で最も懸念の大きかったボール軸受をなくし、板バネのみでピストンを構造支持するのが狙いです。2019年までの試作評価では要求冷却性能を得ていることが確認されており、耐環境性や寿命評価のための開発を続けています。本開発で得られたピストン支持構造の成果は、ジュールトムソン冷凍機にも有効です。

欧州とは、将来ミッションのための冷凍機システム技術実証試験を進めました9)10)。これは、フランス開発の50mK冷凍機と、日本の1K-JTおよび4 K-JTさらにフランス開発の15K級冷凍機を組み合わせた技術実証です(図4)。フランス原子力・代替エネルギー庁CEAの実験室で行った冷却試験では、約半年間かけて段階を踏んだ単体性能確認・組立を進め、50mKを設計通りの冷却能力で維持することに成功しました。冷凍機は、微妙な侵入熱や機械的振動については実機でなければ分からない事も多く、実際に組み合わせることで互いの特性を深く知ることができ、JAXAが提案する宇宙マイクロ波背景放射偏光観測望遠鏡LiteBIRDなど、将来ミッションに向けた貴重な実証機会となりました。

図4

図4:欧州との冷凍機システム技術実証試験の際の概念図9)

この他、宇宙用のクローズドサイクル希釈冷凍機(作動ガスを循環させ希釈冷凍の原理で冷却)の実現を目指した研究では、フランス国立科学研究センターCNRSのニール研究所が製作した低温部に日本のヘリウム3循環用圧縮機システムを組合せ、宇宙用としては世界で初めて70mK(低温部設計上の最低到達温度)の生成に地上実験として成功しています。

おわりに

本稿では、主に宇宙科学ミッションへ搭載される機械式冷凍機の開発を紹介しました。今回紹介したのは開発全体のほんの一部で、他にも多岐に渡る研究開発が多くの方々の尽力により進められています。

機械式冷凍機の搭載実績が増えつつある中、高い冷却性能と共に高信頼性がますます求められています。「冷却出来て当たり前」という時代がすぐそこまで来ているかもしれません。一方で機械式冷凍機の開発は、JAXA内だけでも研究開発部門および宇宙科学研究所の各スタッフのみならず各衛星プロジェクトメンバーなどall-JAXAで取り組んできました。数十年に渡るたくさんの研究者や企業の方々による地道な努力によって開発された世界最高レベルの宇宙用機械式冷凍機が、世界に誇れる日本の宇宙科学を支えていることを少しでも知っていただければ幸いです。

参考文献

1) R.G.Ross, Jr. Cryocooler for Space Application, CEC Cryocooler Short Course, 2015.
2) T.Nakagawa et al. Flight Performance of the AKARI Cryogenic System, PASJ, 59 pp377(2007).
3) K.Narasaki et al. Lifetime Test and Heritage On-Orbit of SHI Coolers for Space Use, Cryocoolers 19, pp.613, 2016 .
4) H.Sugita et al. Status of Advanced Space Cryogenic Missions with Cryocoolers in JAXA, Toulouse Space Show, 2010 .
5) K.Narasaki et al. Development of 1 K-class mechanical cooler for SPICA, Cryogenics 44 pp375(2004).
6) Y.Sato et al. Development of 1 K-class Joule-Thomson cryocooler for nextgeneration astronomical mission, Cryogenics 74 pp47(2016).
7) Y.Ishisaki et al. Status of resolve instrument onboard X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission(XRISM), Proc. SPIE, 1281, 121811S(2022).
8) K.Otsuka et al. Improvement of micro-vibration of a two-stage Stirling cryocooler, Cryogenics 111 103133(2020).
9) T.Prouvé et al. ATHENA X-IFU 300 - 50 mK cryochain test results, Cryogenics 112, 103144(2020).
10) 山崎、「CC-CTP Phase-1実験終了」、ISASニュース 2018年6月号。https://www.isas.jaxa.jp/outreach/isas_news/files/ISASnews447.pdf

【 ISASニュース 2023年12月号(No.513) 掲載】