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宇宙科学の最前線

大気圏突入機の新コンセプト 宇宙飛翔工学研究系 助教 山田和彦

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空力加熱に耐える“風船”

 次に加熱対策です。先に、このエアロシェルは再突入時に表面温度が1000℃に達すると述べました。それに対して、スペースシャトルでは再突入時の最大温度は1600℃、「はやぶさ」帰還カプセルに至っては3000℃といわれているので、それよりはずいぶん楽な環境といえます。実は、それこそがこのシステムの一番の特徴で、再突入時の加熱は、大きくて軽い展開型のエアロシェルによって、これまでの再突入機に比べ大きく低減されています。

 さて、実際の開発では、そのような環境に耐えるエアロシェルをつくり、本当に大丈夫であることを確認しなければなりません。そのためには、まずは、そのような環境を実験室でつくり出す必要があります。図3は、我々が実験室につくった再突入時の加熱環境を再現する装置です。電気によって空気を加熱して高温の空気をつくり出します(分かりやすく言うと、電子レンジのようなもの)。


図3 再突入環境を模擬するために開発した誘導結合プラズマ(ICP)加熱装置と、その設備を使ったエアロシェル模型の加熱試験の様子
図3  再突入環境を模擬するために開発した誘導結合プラズマ(ICP)加熱装置と、その設備を使ったエアロシェル模型の加熱試験の様子 [画像クリックで拡大]


 畳1畳程度の設備ですが、内部の空気の温度は8000℃にも達しています。そのような温度になると空気は発光し、いわゆるプラズマという状態になります。図3左の写真は、そこでつくり出されたプラズマ化した空気の流れに、将来の再突入機のエアロシェルを模擬してつくった“風船(!)”を投入したときの様子です。この風船は、高温の空気のプラズマにさらされ、表面温度が1000℃近くに達しますが、数分間、破れることなく耐えることができています。この実験は始まったばかりですが、この装置を使い、材料の構成を変えたり風船の内部の温度などを詳細に測定したりして、実際に使うエアロシェルの構造を決めていきます。


結び

 大気圏突入技術、そして着陸回収技術は、今より自在な宇宙活動、探査活動の実現への鍵を握る重要な技術です。これに新しい選択肢を加えるべく、展開型の再突入機の実現に向けて、日々努力をしていきます。この展開型の再突入機の研究開発は、観測ロケットによる大気圏突入実験の成功の後も着々と進められており、まずはスペースの限られている小型衛星の再突入システムとしての応用が目前に迫っています。また、この方法は空気を効率よく利用できるため、空気の薄い火星のような惑星を目指す探査機への応用も考えられています。

 本稿では、新しい再突入機、つまり展開型のエアロシェルの開発と技術課題に焦点を当てて紹介してきましたが、大気圏突入〜着陸回収技術の進化は、これだけにとどまりません。

 例えば、柔軟エアロシェルで大気圏突入した後に、その柔軟性を使ってパラグライダーのように、狙った所に着地できたら?さらには、衛星電話とGPSを使って自分のいる位置を常に連絡してくる再突入機ができたら?宇宙からの宅配便が直接、家の玄関前に届く時代が来るかも……。将来の再突入機は、我々の想像を超えた形で実現するかもしれません。

(やまだ・かずひこ)

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