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宇宙科学の最前線

宇宙空間における粒子加速問題と木星磁気圏 惑星分光観測衛星プロジェクト/宇宙航空プロジェクト 研究員 吉岡和夫

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イオプラズマトーラスとスペクトル診断

 木星の内部磁気圏に位置する衛星イオでは、木星からの潮汐作用の影響で、太陽系で最も激しい火山活動が誘発されており、火山ガスは宇宙空間に達しイオン化しています。その結果、イオは毎秒1トンにも及ぶプラズマ供給源の役目を果たしています。ところで、イオの木星に対する公転速度は秒速17kmです。一方、イオ軌道における木星磁場の回転速度は秒速71kmもあります。つまり、ひとたびイオン化した火山ガスは、相対的に秒速54kmでイオを追い越していく磁力線に捕らえられ、加速されます。こうして木星磁場に捕捉されたプラズマはイオの軌道に沿ったドーナツ状に木星を取り囲みます。これをイオプラズマトーラスと呼びます。

 イオンは、核の電子配置で決まる固有波長の光(輝線)を発します。ただし、輝線発光には、太陽光照射や粒子との衝突により軌道電子のエネルギー準位を上げる(励起する)必要があります。高密度プラズマで満たされたイオプラズマトーラスでは、イオンと電子の衝突が主要な励起要因です。この輝線が、木星内部磁気圏を探るための重要な指標なのです。

 輝線強度はイオン密度に依存します。さらに、電子衝突励起による発光の場合は、イオン密度に加えて、励起させる側である電子の温度分布や密度の情報も含みます。ここでの鍵は、特定の種類のイオンが、複数の輝線を同時に発するということです。どの輝線が光りやすい、または光りにくいのか、といった条件は、衝突電子の温度分布と密度で決まります。したがって、複数の輝線の同時観測から、それ自体は発光することのない衝突電子の温度分布や密度を導出できるのです。この手法はスペクトル診断と呼ばれ、空間構造の把握が得意な光学観測を通して、電子やイオンの温度・密度を導出できるというメリットがあります。

 なお、イオプラズマトーラスの主成分である硫黄イオンの輝線の多くは極端紫外と呼ばれる領域(波長50〜150ナノメートル)にあります。したがって、この波長帯における高分解能分光観測が、木星内部磁気圏の電子温度や密度分布の導出のために必要とされており、我々が待ち望んでいたものでした。


「ひさき」の特長・「ひさき」の観測

 実は、高精度な極端紫外分光観測は容易ではありません。まず克服すべき課題は、光学系の効率が低いという点です。極端紫外光は可視光に比べてエネルギーが高く、鏡面深くまで侵入するため反射率が低いのです。また、地球大気に吸収されるため、観測するためには宇宙空間まで出なければならず、十分な光量を得るための大型化には不向きです。そのため、これまでスペクトル診断に適したデータは得られていませんでした。そこで「ひさき」の開発チームは次のような工夫をしました。

  • 鏡の表面に高純度の炭化ケイ素を蒸着し、さらに高精度に研磨することで、主鏡反射率を向上させた。
  • 主鏡と同じ高反射率鏡に対して、1mm当たり1800本の割合で溝を掘り、高効率回折格子(分光素子)として用いた。
  • 感度劣化を防ぐために検出器を常に真空保管するシステムをつくり、打上げ直前まで真空引きを続けた(ロケット班、射場班、その他多くの皆さまのご協力に感謝致します)。
  • 観測器が捉えた惑星像の位置情報を姿勢制御系にフィードバックすることで、高精度の指向安定性を実現した。

 これらの工夫の結果、「ひさき」の極端紫外分光器は、これまでのものと比べて数倍高い感度と、スペクトル診断に適した高波長分解能を実現しました(図2)。これらの革新的技術に加えて、「ひさき」が惑星専用の宇宙望遠鏡であり、同じ対象を長時間継続的に観測し続けられるという点も、優れたデータを得られた要因の一つでした。


図2 「ひさき」によるイオプラズマトーラスの観測
図2  「ひさき」によるイオプラズマトーラスの観測 [画像クリックで拡大]
「ひさき」の視野(スリット)をイオプラズマトーラスと平行に設置し、高波長分解能の極端紫外スペクトルを取得した。スリットを区切る枠は空間分解能(空間ピクセル)を表す。色の帯はそれぞれ、さまざまなイオン(主に硫黄)が放つ輝線に対応する。きょくたんは、「ひさき」のマスコット。(左上のイオの画像:(C)NASA/JHU APL/SwRI)



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