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宇宙科学の最前線

ARTSAT:衛星芸術プロジェクト 久保田晃弘 多摩美術大学 教授

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 さて、パーソナルメディアとしての人工衛星を社会の中で広く機能させていくために、INVADERの制作に当たって、社会に開かれた「みんなの衛星」、人間の感覚や感情を刺激する「感じる衛星」、衛星本体の機能と外見がトータルにデザインされた「美しい衛星」という三つのモットーを設けました。

 これらを実現するために、INVADERにはオープンソースハードウェアArduino互換のミッションOBC(On Board Computer:衛星に搭載されるコンピュータ)「Morikawa」*3を搭載しています。Arduinoはインタラクティブな作品を制作するためのデファクトスタンダードのデバイスとして、多くの美術・デザイン系大学の教育現場で広く用いられています。Morikawa用にINVADERのセンサーデータを取得したり、カメラやデジトーカ(音声送信)のコントロールを行えるようにするためのライブラリを開発することで、理工系技術者や専門のプログラマーだけでなく、より多くの人が自分のプログラムを軌道上で実行し、数値データのみならず音声や音楽を直接地上に送信することができるようになります。地上からのメッセージを受信して、軌道上でプログラムを実行するMorikawaは、地上のクリエーターに代わって「遠隔創造」してくれる分身です。ARTSATプロジェクトでは、このMorikawaを、衛星のみならず気球や深宇宙ペイロード、潜水船などに搭載可能な、極限環境用の汎用ミッションOBCへと育てていきたいと考えています。

 多摩美術大学には、アマチュア無線を利用するINVADERの主管制局「TamabiGS」が設置されています。地上局のソフトウェアは、クリエーティブコーディングのためのオープンソースのツールキットopenFrameworksを使って、多摩美術大学の学生が制作しました。地上局の無線機やアンテナのコントロールは、常駐のデーモン(artsatd)によって行われ、サーバークライアント型の柔軟なシステム構成とすることで、衛星運用時の負担をなるべく軽減するよう工夫されています。

図2
図2 多摩美術大学に設けられた地上局

 TamabiGSが取得したINVADERからのデータは「ARTSAT API」*4によって公開します。APIとは、アプリケーション・プログラミング・インターフェースの略で、プログラム同士が互いにデータをやりとりするための仕組みです。Morikawaが軌道上でセンサーデータを加工し、その結果を地上にダウンリンクしてくるのに対して、ARTSAT APIは、まず地上にデータを降ろしてから、その後データを自在に取得して加工できるようにします。しかしながら、INVADERと地上局との通信速度は1200bpsなので、1日に衛星から得られるデータの総量はせいぜい10キロバイト程度しかありません。この通信量が、衛星と地上とのコミュニケーションのボトルネックとなります。つまり、Morikawaは衛星のセンサーデータを衛星と地上局の通信というボトルネックの前で処理し、ARTSAT APIはボトルネックの後で処理します。軌道上で処理することの利点は、センサーの生データを用いることができることで、地上で処理することの利点は、データの加工の試行錯誤が何度でも繰り返しできることです。制作する作品の特徴に応じて、これら2つのシステムをうまく使い分けたり組み合わせたりすることが肝心です。

 ロケットによる打上げや宇宙という極めて過酷な環境で稼働するINVADERの筐体は、精巧なアルミの削り出し部品でつくられています。熟練した職人の手による筐体を構造の軸として多くの部品を一体化させることで、機能的だけでなく、美的にも洗練された衛星をデザインしました。クラフトとテクノロジーが融合し、ディテールまでつくり込まれた美しさが、人を動かす力を生み出します。


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