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宇宙では寿命が延びる! 線虫(C.elegans)に緑色蛍光タンパク質(GFP)を結合させたポリグルタミンを発現させて蛍光観察すると、加齢に伴ってポリグルタミンの凝集体の数が増えていきます。このポリグルタミン凝集体が、宇宙環境で飼育したC.elegansの方が少なく(図3A)、宇宙環境が寿命に影響することを示しました。![]()
さらに遺伝子の発現解析の結果、発現が減少する遺伝子群の中で、7つの遺伝子が寿命に関わることが分かりました。それぞれの遺伝子を地上で人為的に働かなくさせると、C.elegansの寿命が長くなりました(図3B)。宇宙環境では寿命を制御する遺伝子群が不活発になることを示唆する結果でした。一方、C.elegansの7つの遺伝子に対応するマウスの遺伝子の発現を調べたところ、2つの遺伝子の発現が宇宙飛行により同様に減少していました(図3C)。C.elegansで特定された遺伝子が細胞老化に関係するのか、マウスの2つの遺伝子が老化や寿命に関係するのかどうかなど、今後、詳細な解析が必要ですが、寿命に関して種を超えた共通の遺伝子が宇宙実験により特定されるかもしれません。 おわりに 宇宙飛行したマウスの遺伝子解析の結果、宇宙環境は細胞老化の誘導と加速を強く示唆していましたが、C.elegansの宇宙実験の結果は寿命が延びることを示唆していました。宇宙での細胞老化の加速がどのように個体老化の現象につながるのでしょうか? はたまた宇宙では生体機能の著しい低下により急速な老化現象が起こる一方で、基礎代謝の低下などにより逆に寿命が延びる可能性を示しているのでしょうか? 老化現象解明を目的とするより詳細な宇宙実験と解析が待たれます。JAXAでは、今後の宇宙生物医学研究のために、マウスやラットなどの哺乳動物を用いる宇宙実験装置の開発検討を始めています。宇宙環境下での宇宙飛行士の急速な生体機能変化が、地上における緩慢な老化現象のメカニズムと細胞や分子のレベルで同じであるという明確な証拠は今のところまだありません。しかし、C.elegansの寿命に関する遺伝子群を宇宙実験で特定できたように、哺乳動物を利用する宇宙実験を通して人間の老化に伴う生体機能変化の分子メカニズムに関する重要な知見が得られる可能性は大きく、老化や寿命に関する基礎科学から抗老化医学研究への有用な実験場として宇宙環境が機能するものと期待されます。 (いしおか・のりあき) 参考文献
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