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宇宙科学の最前線

地震計で月・火星の内部を探る 東京大学 地震研究所 准教授 新谷 昌人

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 次の課題は、振動と温度環境です。振り子は摩擦なく柔らかい方法で支持されなければなりません。一方、振動にも耐える頑丈さが必要です。この「柔らかく頑丈」という一見矛盾する条件を満たす方法を見つけ出すために、いろいろなタイプの振り子をロケット打上げの波形で振動させて調べました。最初は、振り子を柔らかく支持する板ばねが振動で曲がったり切れたりしてうまくいきませんでした。その原因を追究して、板ばねが曲がるような押す力や破断するような大きな振動が、板ばねの部分に加わらないようにすればよいことに気付きました。小さな振動の範囲では柔らかく、大きい振動ではストッパーが効いて振動を抑えるのです。これで振り子の振動の問題は、ほぼ解決しました。レーザー光源は熱に弱いので、光ファイバーを使って地震計本体まで光を送ればよさそうです。レーザー干渉計や光ファイバーはマイナス50℃〜プラス300℃の温度範囲で使えることが試験の結果、分かりました。「柔らかくて頑丈な振り子」と「光ファイバー式干渉計」を組み合わせたものが図2(b)の2号機です。これを使って、静穏な地震観測トンネル内で従来の広帯域地震計と比較し、性能を確認できました。また、手作業でやっていた調整作業を自動的にコンピューターでできるようになりました。月・火星探査用地震計に一歩近づきました。

今後の開発

 現在、実際の探査を想定して図2(c)の小型サイズ(3号機、約10cm立方)の地震計を製作して試験を行っています。これまでは部分ごとの試験でしたが、今回は地震計全体に振動や温度変化を与えて問題がないかどうかを調べる予定です。同時に、地震計をどのように設置するか考えなければなりません。月の場合は、温度変化を抑えるための保温カバーの中に設置したり、ペネトレーターに組み込みモグラのように自分で穴を掘って埋設する方法などが検討されています。火星でもペネトレーターなどで埋設するか、地表の場合は風と温度変化の影響を避けるためのカバーが必要です。図3はカバーの形によって風の影響がどのようになるか試験をした際の写真です。0.1気圧の状態で風速30m/s程度の風をカバーに当てて加わる力などを計測し、風圧を受けにくい形状を見つけました。

図3
図3 火星表面を想定した風洞試験
0.1気圧、30m/sの風が写真左上から右下の方向に流れ、中央のカバーに加わる力を測定した。


 実際に月・火星の地震探査を行うためには多くの課題をクリアしなければなりません。振動試験・温度試験・風洞試験は宇宙科学研究所のスタッフの協力のもと、施設を使わせていただきました。検出性能は東大地震研究所の観測点で測定しました。レーザー干渉計や地震計の試作は国内メーカーによるものです。常時自由振動の研究やペネトレーター/モグラ方式の技術開発は、日本人研究者によるものです。各分野のエキスパートが連携すれば、国内のチームで目標の地震計をつくり上げ、日本独自の探査計画を策定できると考えています。「極限環境での地震計測技術」は月・火星探査のみならず、地震発生域の地中深く高温環境での地震観測に応用できます。知力と技術を結集して、今後の惑星探査や地震研究の中核になる技術開発をしたいと思っています。

(あらや・あきと)



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