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宇宙科学の最前線

「あかり」による中間赤外線 全天サーベイ観測 名古屋大学大学院 理学研究科 GCOE研究員 石原 大助

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中間赤外線全天サーベイデータの特徴 ― ティコの超新星残骸の例

 すでに「あかり」の中間赤外線全天サーベイによって、星が連鎖的に形成される現場の解明、惑星形成シナリオ解明の鍵となる近主星デブリ円盤観測の開拓など、さまざまな新しい成果が挙がっています。一方、このサーベイデータを用いて点源のみならず広がった天体の解析も進んでいます。最後にこれらの中から、最近のトピックを一つだけご紹介します。

 太陽の8倍より重い星は、その一生の最後に大爆発を起こし、星内部で合成した元素を宇宙空間に放出します(超新星爆発)。通称「ティコの超新星残骸」は、16世紀にデンマークの天文学者ティコ・ブラーエによって観測された超新星爆発の残骸です。比較的近く(5000〜1万光年)にあり、人類史に記録が残されている、貴重な超新星残骸の一つです。


図3
図3 左:ティコの超新星残骸の3色合成図。青が「すざく」によるX線画像(0.2 〜 10keV)、緑が電波の12CO輝線、赤が「あかり」18μm帯の画像を表す。
右:中間赤外線(18μm帯)放射の位置と、衝撃波面(白線)と不連続面(緑線)の位置を比較したもの。


 図3左は、この残骸のカラー合成図です。青が日本のX線天文衛星「すざく」で捉えた、爆発により膨張する高温プラズマの分布を示しています。超新星から放出された物質は右上方向に多く広がっています。緑色は、電波の一酸化炭素(12CO)輝線のマップで、星間空間にもともと存在する分子雲の分布を示しています。この図を見ると、超新星は右上方向に自由に膨張を続けている一方で、左上方向で星間物質と衝突しているように見えます。実際、現在の左上部分での衝撃波面の膨張速度は右上部分よりも遅くなっており、星間物質との衝突で減速されていると推測できます。

 赤色は、超新星残骸の「あかり」の中間赤外線(18μm帯)での観測結果です。18μm帯で見えるのは、主に宇宙空間にある加熱された暖かい(〜100K)塵からの放射です。塵の加熱源は、超新星の膨張する物質と星間物質との衝撃波と考えられます。全体的にシェル状に光っていますが、左上と右上方向に特に中間赤外線で明るい部分が見つかりました。「あかり」の遠赤外線観測からも、この残骸の左上方向に分子ガスとともに星間空間起源の冷たい塵が大量に分布していることが分かっているので、左上の明るい部分は、もともと星間空間にあった塵が超新星の衝撃波面で加熱されて暖かくなっている様子と推定できます。しかし、右上方向には星間空間起源の分子ガスや冷たい塵は存在せず、中間赤外線を放射している暖かい粒子は、何もない空間に突然現れたように見えます。

 そこで、これら中間赤外線で特に明るい箇所を、X線観測から調べられていた、超新星爆発の(1)衝撃波面(爆風の先端)、(2)不連続面(掃き集めた星間物質と超新星から噴出した物質の境界面)の位置との関係で詳細に比較してみます(表紙写真右)。左上の暖かい塵は、衝撃波面(白線)と不連続面(緑線)の間で光っており、掃き集められた星間空間起源の物質が加熱されたという描像を支持します。ところが右上の暖かい塵は、それとは異なり、不連続面の内側、超新星から放出された物質中で光っていることが分かりました。これは、超新星から噴出した高温の物質が冷えて凝縮して固体粒子になったものと推測することができます。

 これは、超新星残骸での固体粒子生成の現場を捉えた貴重な成果であり、現在の我々の銀河系や初期宇宙での物質循環の研究にとって重要な情報です。次世代の赤外線衛星SPICAによる観測では、生成された粒子の星間空間への供給、ひいては次の星・惑星形成への物質の還元について、より具体的な観測的実証ができると思われます。

 この研究は、名古屋大学のX線天文グループ(Ux研)との共同で進められたものですが、「あかり」の赤外線データは、星間空間の固体粒子の物理状態や起源の推定を通じて、宇宙のさまざまな物理現象の解明のための強力な手段になること、X線や電波の分野で議論されている課題にも応用できることを示しています。


結び

 「あかり」は開発・運用の長い道のりを経て、現在科学的には収穫期に来ています。今後次々新しい成果が出てくると思われ、ほかの波長の観測天文学者の方々や理論の方々との協力がよりいっそう期待されます。「あかり」はJAXAのプロジェクトで、欧州宇宙機関(ESA)、東京大学・名古屋大学・ソウル大学、欧州の各大学の協力で進められました。「あかり」に携わったすべての方々に感謝致します。

(いしはら・だいすけ)


※南大西洋磁気異常帯
(South Atlantic Anomaly:SAA)
高度1000km以上に位置するヴァン・アレン帯が、ブラジル上空で高度300〜400kmまで下がってきており、低軌道衛星も通過するときに大量の放射線を浴びる。



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