宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > 宇宙科学の最前線 > X線分光観測で探る激変星の物理

宇宙科学の最前線

X線分光観測で探る激変星の物理

│2│


矮新星SS Cygni(はくちょう座SS星)

 矮新星SS Cygは,1855年のふたご座U星(U Gem)に続いて1896年に2番目に発見された矮新星です。図2aに示す通り,ほぼ50日の間隔で爆発を起こし,可視光で静穏時の12.4等から最大7.7等に増光します。この激しい明るさの変化は,円盤の熱的不安定によって起きると理解されています。円盤の外縁部では,温度が数千度以下で水素が中性の状態と,温度が1万度以上で水素が電離した状態の二つしか安定状態がありません。前者では円盤の粘性が低いため,伴星からの物質は角運動量を十分逃がすことができず,円盤外周部にたまっていきます。このとき,内側の円盤は十分な質量供給を受けられないので暗くなります。一方,後者では円盤外周部の粘性が高く,たまっていた物質が円盤を通ってどっと白色矮星へ落ち込むため,円盤は明るく輝くことになります。前者が静穏時,後者が増光時に対応しています。矮新星では,伴星からの質量供給率が,たまたまこの二つの安定状態の中間にあるために,暗い状態と増光状態が繰り返されるのです。

 可視光に比べて波長の短い紫外線やX線は,降着円盤のより内側から放射されており,特にX線は,降着円盤の最内縁と白色矮星表面の間にできる「境界層」から放射されていると考えられています。白色矮星は,普通は表面でのケプラー速度よりも十分遅い速度で自転しています。ケプラー速度で回転している降着円盤の物質が白色矮星へ落ちるためには,白色矮星表面との速度差分の回転エネルギーを摩擦による減速で熱に変え,さらにそれを放射で捨てなければなりません。この急減速・急加熱が起きているのが境界層です。図2bに示す通り,質量降着率が低い静穏時には境界層入り口で10万度ほどだった円盤は,加熱のため境界層の中では1億度以上の高温になって膨れ上がり,X線を放射します。一方,質量降着率が高い増光時には,円盤の密度が高く冷却効率も高いため,円盤は境界層に入っても幾何学的に薄く,白色矮星表面でも10万度ほどの「低温」のままで,X線は放射しないと考えられてきました。



図2
図2 a:SS Cygの可視光の光度曲線。縦軸は可視等級,横軸は経過日数
(Wheatley, Mauche & Mattei 2003より転載)
b:矮新星の静穏時と増光時の境界層の様子


 図3に「すざく」で観測したSS Cygの静穏時と増光時のX線スペクトルを示します。鉄輝線付近の拡大図を見ると,ヘリウム様,水素様に電離した鉄からの6.7keVと7.0keVの特性X線に加え,6.4keVの中性の鉄からの特性X線も観測されます。6.4keVの輝線は,温度100万度以下の環境で連続X線にさらされた鉄原子が最内殻の電子を1個失い,そこへ一つ上のレベルから別の電子が落ち込むときに放射されるものです。よく見ると6.4keVの輝線は,幅の狭いもののほかに,幅の広がった成分が混ざっていることが分かります。前者は境界層からのX線が白色矮星表面の鉄を照らしたもの,後者は降着円盤の鉄を照らしたものであり,エネルギー幅が広がっているのは,円盤のケプラー回転によるドップラー効果と解釈されます。

 幅の狭い6.4keV輝線からは,境界層プラズマの空間的広がりが推定できます。境界層プラズマが白色矮星の上空の,より高いところまで広がっていればいるほど,反射体である白色矮星を見込む角が小さくなって反射の効率が落ちるので,輝線の強度は弱くなります。このことを利用して境界層の広がりを見積もったところ,白色矮星の半径のせいぜい15%であることが初めて明らかになりました。幅の広い成分からは,境界層が軌道面からどの程度の高さまで分布しているかを見積もることができます。現在,詳細な解析を行っているところです。

 一方,可視光での増光時のスペクトルには,0.5keV以下に低温の降着円盤からの放射成分がはっきりと認められます。静穏時のスペクトルには見られないことから,増光時のみに降着円盤が白色矮星のより近くまで降りてきていることは,どうやら間違いなさそうです。しかし,増光時には出ないはずの硬X線は,静穏時よりは弱いものの,「すざく」でしっかりと観測されています。増光時の硬X線がどこから放射されているかは明らかではありません。しかし「すざく」による鉄輝線の観測で,解決への糸口が得られました。図3に示すように,6.4keVの鉄輝線は,今度は幅の広がった成分が大勢を占めています。これは,境界層からの反射のほとんどが,降着円盤から来ていることを示しています。現在,定量的なシミュレーションにより,この広がった6.4keV輝線の起源,増光時の境界層の空間的な広がりの様子についての研究を進めているところです。このように,「すざく」のX線分光観測により,これまであまりよく分かっていなかった境界層の様子が解明されつつあります。



図2
図3 「すざく」で観測したSS Cygの静穏時と増光時のスペクトル。挿入図は5.5〜8keVを拡大したもの。赤は背面照射型CCD カメラ(1台),白は前面照射型CCDカメラ(3台合計)。静穏時には鉄の6.4keV輝線に幅の広がった成分が見える。増光時には,この幅広の成分が卓越する。また,増光時には0.5keV以下に,白色矮星近傍まで下がってきた降着円盤からの放射成分が見える。0.5〜10keVのX線では,(可視光での)増光時の方が(可視光での)静穏時よりも暗くなることに注意。


│2│