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謎のX線放射の起源は太陽風だった!「すざく」がとらえた地球近傍における太陽風からの輝線放射

宇宙科学の最前線

謎のX線放射の起源は太陽風だった!「すざく」がとらえた地球近傍における太陽風からの輝線放射

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時には思いがけない発見が……

 「すざく」はX線天文衛星、つまりX線天体を観測するための軌道天文台です。X線天体といえば、ブラックホール、超新星残骸、活動銀河核、銀河団などを思い浮かべる方が多いでしょう。『ISASニュース』でも、そういった話題が多く取り上げられています。通常これらの観測は、○○を調べたい、という明確な目的を持って行われています。けれども、時には偶然とらえた現象が思いがけない発見につながることがあります。本記事で報告するのは、まさにそれです。太陽風を起源とする地球近傍でのX線放射という、X線天文学の世界でもあまり知られていない話ですが、「すざく」が偶然とらえた現象により、このX線放射が太陽風に含まれる電離したイオンと地球周辺の中性水素との「電荷交換」により起きていることが確実になったのです。

「謎のX線増光」と「電荷交換反応」

 1990年に打ち上げられたドイツのローサット衛星は軟X線での全天探査を行い、精密な全天地図を作成しました。その際、ローサット衛星の研究者たちは、軟X線背景放射の強度が1日程度の時間スケールで2倍以上増光する場合があることに気が付きました。X線背景放射とは、宇宙のあらゆる方向からやって来るX線のことです。軟X線領域では、半分以上が我々の銀河系の円盤やハローに存在する温度100万度程度の高温星間物質の寄与であると考えられています。けれども、これらの高温星間物質であれば、1日といった短い時間スケールで強度変動を起こすことはあり得ません。この「謎のX線増光」は我々の近傍での現象によるものと考えられましたが、当時はその起源を突き止めることはできませんでした。
 「謎のX線増光」の起源を解明する鍵は、まったく別のところからもたらされました。彗星からのX線放射の発見です。1996年、百武彗星が地球からわずか0.1天文単位の距離にまで接近し、さまざまな波長域で観測が行われました。X線は一般に温度が100万度以上の高温ガスから放射されるので、氷と塵の塊である彗星が自らX線を放射することは考えられません。しかしながら予想に反して、百武彗星からは強い軟X線放射が確認されたのです。百武彗星を契機に、彗星からのX線放射が次々と見つかり、軟X線放射は多くの彗星に共通に見られる現象であることがはっきりしました。それに伴って軟X線放射メカニズムに関する理論的、実験的な研究も進展し、ついには「彗星からの軟X線は太陽風に含まれるイオンと彗星の中性物質との電荷交換反応により放射されている」という描像が確立したのです。
 電荷交換反応とは、二つの粒子(原子、分子、イオン)が衝突した際に、一方の電子が他方に移動する反応です。衝突する粒子は太陽風に含まれる高階電離したイオン(完全電離に近い炭素イオンや酸素イオンなど)、標的となる粒子は彗星や地球周辺の原子や分子です。移動した電子は衝突粒子(イオン)の外側の軌道に入り、特定の波長の光を放出して最終的に一番内側の軌道に落ち着きます(図1)。



図1
図1 電荷交換反応により中性原子からイオンに電子が移動し、決まったエネルギーの光(輝線)が放射される過程の模式図。この例では、電子が水素原子から完全電離した炭素イオンの4番目の軌道に移動し、一番内側の軌道に遷移する際にX線を放射している。

 彗星からのX線放射が電荷交換プロセスによって起こっていることが認識されるにつれ、軟X線背景放射の一部は太陽風と地球周辺や太陽圏の中性物質との電荷交換反応によるものではないか、と考えられるようになりました。また、ローサット衛星の全天探査中に見られた「謎のX線増光」は太陽風(陽子)のフラックスと相関があることが示され、その起源もまた太陽風と地球周辺の中性水素との電荷交換反応ではないか、と考えられるようになりました。
 先に述べたように、電荷交換反応が起きると高階電離したイオンから特定のエネルギーの光、つまり輝線が放射されます。ローサット衛星はスペクトル分解能が十分ではなく、これらの輝線を区別することはできませんでした。最近になって、チャンドラ衛星やニュートン衛星によって電荷交換反応によるものと考えられる輝線が報告されるようになってきましたが、これらの衛星でも軟X線に対するスペクトル分解能は十分とはいえず、さらに質の良いスペクトルデータが必要とされていました。



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