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宇宙科学の最前線

謎のX線放射の起源は太陽風だった!「すざく」がとらえた地球近傍における太陽風からの輝線放射

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 各輝線のエネルギーが求まったので、それぞれがどのイオンのどの遷移に対応するかを調べることができます。その結果、増光によって現れた輝線は高階電離した炭素、酸素、ネオン、マグネシウム、鉄の輝線で説明できることが分かりました。この中で、エネルギー460電子ボルト(波長2.7ナノメートル)付近に見られる輝線(図4で赤い矢印で示した輝線)に注目してください。この輝線は、電子を1個だけ残した炭素イオンの「4番目の軌道」から最内殻軌道への遷移に対応した輝線です(図1参照)。この輝線は完全電離した炭素イオンが中性物質と衝突して電荷交換反応を起こしたときに特有の輝線であり、温度数百万度の高温ガスからこれほど強く放射されることはありません。つまり、「すざく」の観測結果は、「謎のX線」が電荷交換反応によるものであることをはっきりと示したことになります。今回の「すざく」ほど明確にこの輝線をとらえた例は、これまでにありません。

電荷交換反応はどこで起きたのか?

 電荷交換反応はどこで起きたのでしょうか。図2に示した増光時のX線光度曲線の時間変化の様子と「すざく」の視線方向を詳しく調べた結果、視線方向が磁極の上空6000km程度にまで下がったときにX線が最も強くなる傾向があることが分かりました。このことから我々は、太陽風が高度6000km付近の低高度にまで入り込んで、そこで中性原子と電荷交換反応を起こしてX線を放射していると考えています(図5)。木星ではX線オーロラと呼ばれるX線放射現象が観測されていますが、「すざく」の観測結果は、それと似た現象が我々の地球でも起きていることを示唆しているのです。もちろん、このような結果が得られたのは初めてのことです。

図5

図5  地球磁場、太陽風の経路、「すざく」衛星の観測方向と、電荷交換反応が起きたと考えられる領域の模式図。
背景の絵は http://www.isas.jaxa.jp/sokendai/ による。(C)NASA/CXC/M.Weiss


まとめ、そして「すざく」への期待

 「すざく」による黄道北極領域のX線背景放射の観測中に、「謎のX線増光」が発生しました。我々は「すざく」の特徴を生かして良質のX線スペクトルを取得することに成功し、「謎のX線増光」が電離したイオンからの輝線放射だけで説明できることを明らかにしました。さらに、電荷交換反応に特有の輝線をこれまでになくはっきりととらえ、「謎のX線増光」の起源が太陽風イオンの電荷交換反応によるものであることを明確にしました。「すざく」の観測結果はさらに、太陽風が地上高度6000km付近にまで入り込んで電荷交換反応を起こしていることを示唆しています。
 彗星の周辺部も、太陽風の電荷交換反応によって軟X線を放射しています。さらに、同様のメカニズムにより、太陽系全体もまた軟X線を放射している可能性が指摘されています。これらの放射は、地球周辺や惑星大気の外層、彗星周辺における低密度の中性物質や、太陽風のイオン組成などを観測的に調べるための重要な手掛かりとなります。その一方で、超新星残骸や銀河系内外の高温星間物質からの軟X線放射を観測する場合には、非常に厄介な存在です。高温星間物質からのX線放射と電荷交換反応によるX線放射は、空間的にもスペクトル的にも似通っており、両者を区別するのが容易ではないからです。「すざく」は軟X線に対してかつてない優れた性能を持っており、古くて新しいこの分野の研究に大きな進展をもたらすことでしょう。今後の「すざく」の活躍にご期待ください。

(ふじもと・りゅういち)


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