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宇宙科学の最前線

雷放電観測の展開 対流圏から超高層大気,そして惑星へ

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雷放電観測の新展開

 数ある身近な発光現象の中で,雷ほど未解明な課題が多く残っているものはないのではないだろうか。地球上で1秒間に40〜100回も起きているといわれる雷放電は,その電荷分離のメカニズムの主因が氷晶とあられの摩擦であるということさえ,明らかになってきたのは比較的最近のことである。実際の絶縁破壊電圧が単純な理論よりも1桁以上小さい理由も,はっきりしていない。積乱雲の激しい気流の真っただ中で起きる放電現象は,その過酷かつ限られた発生領域故に研究者の直接計測を拒み,そのスケール故に室内実験や数値実験によるシミュレーションというアプローチを寄せ付けない側面がある。さらに,限られた地上観測拠点はグローバルな活動の把握に限界をもたらしていた。

 ところが,この15年余りの間に,状況は大きく変化してきた。まず1989年,地上の高感度カメラによって偶然,スプライトと呼ばれる中層・超高層大気(高度50〜90km)で発光する新たな放電現象が発見される(図1)。これを契機に,それまでの大気電気分野の研究者に加え,1990年代前半には多くの超高層大気・電離圏領域の研究者が,雷放電研究に参入することになる。それまで個別に調べられていた対流圏と電離圏・磁気圏の電気現象が,結び付けて考えられるようになったのである。1995年には雷放電発光専用観測器OTDを搭載した衛星MicroLab 1が,1997年にはTRMM/LISが打ち上げられ,ダイナミックな季節変動を示す雷放電マップを披露し,衝撃を与えた。2004年には,スプライトなど高々度発光現象(TLE:Transient Luminous Event)の観測を目的とした観測器ISUALが台湾の衛星FORMOSAT-2に搭載され,観測を開始した。

 一方,地上では誘雷実験が成果を挙げ始める。特に注目すべきなのは,落雷に伴うX線・ガンマ線の検出に成功したことである。後に誘雷だけでなく,自然落雷でも確認されるこの事実は,絶縁破壊メカニズムの解明につながる可能性があるとされる。さらに,雷雲活動に伴うガンマ線は,1994年,人工衛星に搭載された宇宙ガンマ線センサCGRO/BATSEでも確認された。これは当初スプライト現象に直接関連すると予測されたが,2004年のRHESSI衛星が取得した大量のデータによって,大幅なモデルの変更を迫られている。

 また,世界各地に電波を用いた落雷の位置決定システムの構築が進み,ローカルな雷放電活動はかなり詳しく知られるようになってきた。米国では,それらのデータを数値予報モデルに同化(アシミュレート)することで,ストームなどシビアウェザーの予報精度を格段に向上させる可能性を証明している。次世代の気象衛星には,雷放電発光検出器が標準装備されるのが世界的な流れとなっている。

 こうした数々の観測上の技術革新とそれに伴う新発見によって,雷放電現象の描像とサイエンスの中での位置付けは,従来のものから大きく書き換えられつつある。大気電気学は,電離圏・磁気圏物理学,気象学,ガンマ線物理と融合し,基礎,応用の両面でまさに新しいフェーズを迎えようとしている。



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図1 雷雲活動に伴う高々度発光現象(TLE)


雷放電観測の意義

 雷放電データが短期の気象予報に有効であることはすでに述べたが,グローバルな大気中の電流(グローバルサーキット)の理解は,長期的な気候変動にも影響を及ぼしていると考える研究者も少なくない。グローバルサーキットモデルの概念は古いが,長い間仮説の域を出なかった。最近の雷放電観測技術の発達とTLEの発見は,このモデルの再構築を強く促すかもしれない。大気電流はイオン・電子の分布を決定する要因だが,下層大気においてイオンはエアロゾルの振る舞いに影響を及ぼすことで,気象・気候までも変調するといわれる。また,雷放電に起因する劇的な温度上昇やイオン化は,大気化学反応を促し,大気組成を変える可能性が高い。まだ誤差の大きな議論だが,NOXの20〜30%は雷放電起源という説もある。グローバルサーキットにおける「発電機」は雷雲とオーロラ(磁気圏・電離圏)電流であり,これらは,どちらも大きな時間・季節変動を伴う。オゾンやNOXなどに対する人為的な影響を理解するためにも,雷放電活動やオーロラ現象の理解と定量的把握は不可欠と推測される。

 筆者らは,台湾衛星に搭載したISUALの一部であるアレイフォトメータの開発・製作を担当し,現在は毎日送られてくるデータの解析にグループを挙げて取り組んでいる。地球大気やエアロゾル・雲による吸収・散乱から解放された宇宙からの光学観測データは,TLE発生の世界分布や,TLE発光領域での電子エネルギー,消費エネルギーに関する定量的情報を提供してくれる。これまでに,想像を上回る高い発生頻度や,陸上と海上など地域や季節におけるバリエーションの複雑さ,そしてエネルギー消費に関する新たな知見などが次々と得られている。今後,下層大気のような大気組成への影響なども明らかにされていくだろう。

 さらに,地球ガンマ線の理解は,新現象の相次ぐ発見に沸くTLE研究の業界にあって,今最もホットな話題といってよい。今後5年くらいの間に,フランス中心の小型衛星計画TARANIS,デンマーク中心のESA/ISSミッションASIMが地球ガンマ線と雷放電の謎の解明に挑戦するが,日本でもそれらに先行する形で大学衛星計画が進行中である。



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