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宇宙科学の最前線

夜空は明るい!? ―宇宙最初の星の光を探る―

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赤外線背景放射で探る宇宙史の暗黒時代

 宇宙の暗黒時代を解明するためにさまざまな観測が試みられているが,我々は近赤外線領域(波長1〜5ミクロン)の背景放射を観測することによって暗黒時代に迫ろうと考えた。遠方の銀河や宇宙最初の星は暗くて個々の天体としての観測は難しい。しかし,それらが発する紫外線や可視光は,赤方偏移のため近赤外線領域で背景放射として観測されるのではないかと考えたのである。

 とはいえ,観測は簡単ではない。宇宙の彼方から来る光を求めるためには,手前にある光をしっかり除かなければならないからである。地球大気は高度100kmに強い夜光層があるため,地上からの背景放射光の観測はまず不可能である。また,太陽系内には小さな塵がたくさんあり,これらが太陽光を散乱する黄道光がある。大気圏外に出ても空はかなり明るい。さらに,銀河系の中の暗い星の寄与も無視できない。

 ともあれ,近赤外線領域で空がどんな明るさであるか,どのような成分から成るかを調べるため,我々は1980年代半ばからロケット観測を始めた。K-9M-77号機(1984年)やS-520-11号機(1990年)などで空の明るさの絶対測光とそのスペクトルの測定に成功したが,宇宙の彼方からの光を確定するには至らなかった。幸いその後「宇宙実験・観測フリーフライヤー(SFU)」(表紙写真)に搭載された我が国初の宇宙赤外線望遠鏡IRTSにロケット実験で開発した近赤外線分光器を搭載し,背景放射の本格的観測を実現することができた。SFUは1995年3月に打ち上げられ,その結果を用いて銀河系外からやって来ると思われる背景放射を初めて検出した。

 一方,NASAでも同様な観測が計画され,宇宙背景放射観測衛星COBEに,赤外線領域での背景放射の観測を目的とする測光器DIRBEが搭載された。COBEは1989年に打ち上げられ,公開されたデータによって多くの人が宇宙背景放射光の解析を試み,有意な結果を導いた。COBEは全天を観測した点で極めて有用であったが,測光データしかなく,また角分解能が悪いため暗い星を取り除くのが難しかった。一方,IRTSは角分解能が比較的高く,分光ができる点に特徴があったが,観測領域が狭いのが弱点であった。COBEとIRTSはそれぞれ特徴を持ち,独立な観測としての意味があったといえる。

 さて,途中の議論を飛ばして,結果をお見せしよう。表紙グラフは黄道光,星の光を除いた銀河系外から来る赤外線背景放射の可視光から近赤外線にわたる観測をまとめたものである。赤丸はIRTSの結果であり,COBEと大変よく一致していることが分かる。スペクトルは短波長ほど明るく,1ミクロン付近で急に暗くなっているのが特徴的である。また,観測された近赤外線背景放射は予想よりかなり明るく,銀河を重ね合わせた光(実線)ではまったく説明できない。

 背景放射の観測で重要なものとして,スペクトルとともに,その空間的な明るさの揺らぎがある。IRTSの観測では,1次元データではあるが背景放射の明るさの1/4に及ぶ揺らぎが検出され,その角度スケールは数度に及ぶことが見いだされている(図2)。この結果はCOBEの観測とも矛盾がない。


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図2 空の揺らぎのパワースペクトル
角度の逆数に対して揺らぎの大きさを示したもの。●はIRTSのデータ,□は対応する空での星の揺らぎ。
実線はランダムシミュレーションを行った際の分布の中心を,波線はその1σの範囲を示す。


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