宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > 宇宙科学の最前線 > 月の重力場地図を作る〜SELENEの小型衛星Rstar/Vstarの活躍に向けて〜

宇宙科学の最前線

月の重力場地図を作る〜SELENEの小型衛星Rstar/Vstarの活躍に向けて〜

│2│

探査機の軌道決定から得られる重力場

 地球上ではさまざまな場所で重力計を使って重力を測定することもできますが,月や惑星ではこれらの天体を周回する探査機の軌道に対する摂動から重力場を推定します。図3左は,これまでの一般的な重力場の測定方法を表しています。地球上の管制局のパラボラアンテナから発射されたマイクロ波などの電波は,探査機の中継器を使って地上管制局に送り返されます。このときに経過する時間から両者の距離が,地上に戻ってきた電波の周波数のドップラー効果から両者の視線方向の相対速度が求められます。これを2ウェイ測距・距離変化率計測(RARR)といいます。軌道上のさまざまな位置で測定することにより,正確な軌道が,さらには軌道に対する重力異常による摂動が算出されます。

 ところで,天体の裏側ではマイクロ波が届きませんので,軌道を直接測ることができません。そして側面では,重力による摂動方向が視線方向に直交していることから感度が悪く,計測誤差が大きくなります。月は自転周期が地球に対する公転周期と同期していることから,月の表裏は地球に対して固定されており,裏側は常に直接計測ができません。そこで,表側に出てきたときに軌道に蓄積された摂動から,カウラの法則という拘束条件を用いて推定されてきました。もう一度,図2をご覧ください。月の裏側の地図では,縦や横に連なった不自然な分布が見られますが,ここでは観測精度が粗く,どこまでが実際の分布なのかを正確に知ることができません。一方,月の表側の重力場は,探査機が飛んでデータが増えれば徐々に改善されますが,個々の観測精度は時系の精度に依存し,同じ計測方法を用い続ける限りは抜本的な精度改善は望めません。そこで登場するのが,SELENEの小型衛星を使用するミッションです。



SELENE小型衛星のミッション:RSATとVRAD

 SELENEは,15の観測ミッションで月のグローバル観測を行って月の起源と進化を解明する,日本初の大型科学探査機です(図1)。2007年のH-IIAロケットによる打上げを目指して,現在開発が進められています。SELENEには主衛星から分離される2機の小型衛星「リレー衛星(Rstar)」と「VRAD衛星(Vstar)」が搭載されます。このRstarとVstarは,月の重力場測定を目的とした衛星です。

 以下にそのミッションを紹介します。


図3
図3 月の重力場の測定方法
左:SELENE以前(Lunar OrbiterからLunar Prospectorまで)の2ウェイ測距・距離変化率計測(RARR)
中:SELENEのリレー衛星中継器(RSAT)による4ウェイドップラー計測
右:SELENEのVLBI電波源(VRAD)による多周波相対VLBI観測


(1)リレー衛星中継器による4ウェイドップラー計測

 「リレー衛星中継器(RSAT)」は,Rstarと主衛星に搭載される中継システムで,4ウェイドップラー計測に使用されます(図3中)。SELENEの主衛星が月の裏側を飛行中にJAXA臼田局の64mアンテナから発射される電波は,図の <1> → <2> → <3> → <4> の経路で中継されます。臼田局に戻ってきた電波の受信周波数に蓄積されたドップラー効果が測定され,これを4ウェイドップラー計測と呼びます。Rstar自身の軌道は2ウェイRARRで計測されるので,Rstarに対する主衛星の相対軌道が求められることから,月の裏側の軌道が初めて直接測定されることになります。4ウェイの中継は,これまでは地球の静止衛星と周回衛星間の通信でしか行われていません。相互にドップラー効果で変動する電波を低電力のシステムで中継するところが,RSATの腕の見せどころです。4ウェイの測定を行える時間は通信経路の相互可視や電力の節約などさまざまな制約を受けますが,それでも試算によれば,重力場展開係数の70次まではカウラの法則を用いることなく,従来の重力場モデルを確実に上回るデータが得られることが分かりました。

 月の地形は,海と呼ばれる平らな地形は表側だけに広く分布するなど,表と裏で性格が異なる二分性が知られています。しかしこれまでの重力場データでは,裏側に顕著なマスコンがないことが実際の分布を表しているのかなど,決め手がありませんでした。RSATはこのような重力場の二分性に初めてメスを入れ,月の自転周期と地殻厚さの相互作用をはじめ,月の進化初期の物理現象と内部構造との関係が解明されるものと期待されます。


(2)VLBI電波源による多周波相対VLBI観測

 「VLBI電波源(VRAD)」はRstarとVstarに搭載される電波源で,多周波相対VLBI観測に使用されます(図3右)。VLBI(超長基線電波干渉計)は,本来はクエーサやメーザ源などの電波星が発する電波を距離の離れた複数の電波望遠鏡で同時受信して,望遠鏡の位置や電波星の詳細な構造を精密測定する方法です。近年では,「のぞみ」や「はやぶさ」など,探査機の軌道決定にも用いられています。SELENEでは,RstarとVstarの電波を交互に観測する相対VLBI法によって地球電離層の補正を行うことにより,精度向上を図ります。

 VRADミッションのもう一つの工夫が,S帯(2GHz)3波,X帯(8GHz)1波を用いる多周波位相遅延VLBIです。位相遅延VLBI法では,幾何学的遅延時間を電波の位相差から直接求めます。このため,これまでの探査機で行われてきた,フリンジ位相の観測周波数に対する傾きから求める群遅延VLBI法と比べて,低電力で高精度な推定が可能です。ただし,位相遅延量が2πを超えると解が一意に決まらなくなるので,周波数の異なる複数の電波を用いる必要があります。複数の周波数を合成した低周波も使用すれば,粗い位置決めから細かい位置決定までが可能になります。VRADでは,月周回軌道を20cmの精度で求めることができ,これは2ウェイRARRより2桁以上の精度改善になります。

 VRADが搭載される2機の小型衛星は,能動的軌道・姿勢制御を行わないことから,特に重力異常の長期成分が観測されます。従来の重力場モデルに対して,重力場展開係数の10次までの項では,1〜1.5桁の精度向上が見込まれます。また,VLBIは視線直交面方向に感度があることから,巨大なクレータであるサウスポールエイトケン盆地など月の側面の観測精度も向上します。RSATのデータと組み合わせることにより,月全体の詳細な重力場地図が描かれることになります。



│2│