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宇宙科学の最前線

「我々の起源」の探索の果てへ 宇宙物理学研究系 宇宙航空プロジェクト研究員 松村知岳

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初期宇宙探索の観測量とは?

 宇宙観測では、遠くを見れば見るほど昔の状態を見ることになる。では初期宇宙を知るために遠くを見れば、宇宙の始まりが分かるだろうか?星も銀河もなるべくない空の領域をミリメートルの波長で観測すると見えてくるのが、ビッグバンの残り火である宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background:CMB)である。宇宙年齢38万歳時の火の玉宇宙の光が、現在でもCMBとして観測可能である。普段は気付かないが、CMBは太陽、月の次に大きいエネルギー総量を持つ電磁波を地球に降り注いでいる光源でもある。全天のどちらの方向を見ても我々はCMBに囲まれている。つまり、我々は宇宙年齢38万歳時に設置されたスクリーンに囲まれているような状態なわけである。

 このCMBは1965年にPenziasとWillsonによって発見され、2人にはノーベル賞が与えられた。その後、多くの地上、気球、そして衛星によって詳細な観測が実現している。このCMBを観測することにより、宇宙の構成要素(ダークマター、バリオン、ダークエネルギーなど)(※2)のエネルギー密度、宇宙の平坦性、宇宙年齢など、宇宙を記述するパラメータの推定が可能になった。特にこれまでのCMB観測において衛星は非常に大きな貢献をし、NASAが1989年に打ち上げたCOBEの観測結果に対してノーベル賞が授与された。現在、NASAのWMAPやESAのPlanckの結果から宇宙年齢(138億年)や宇宙の構成要素のエネルギー密度が1%以下の精度で分かっており、CMB観測は精密宇宙論の確立で大きな役割を担った。図1はPlanckによる全天CMB温度揺らぎ地図である。


図1 Planckによる宇宙マイクロ波背景放射(CMB)温度揺らぎの全天観測結果
図1  Planckによる宇宙マイクロ波背景放射(CMB)温度揺らぎの全天観測結果 [画像クリックで拡大]
一様な放射からのずれを示している。このずれは、宇宙年齢38万歳時のダークマターの密度の揺らぎに対応する。この揺らぎは、その後重力収縮により現在の宇宙大規模構造となり、そして銀河や星となる。一方で、この揺らぎの起源はインフレーション仮説が正しい場合、宇宙初期の量子揺らぎと結論できる。インフレーション仮説の探索は、「我々の起源は量子揺らぎである」という仮説の探索である。 © ESA 

 現代宇宙論を確立する上で非常に大きな成功を収めたCMB観測であるが、一方ではしょせん宇宙年齢で38万歳の情報であり、それ以前の物理はある程度理解できたとしても宇宙開闢に直接迫るには至らない。残念ながら電磁波を用いて38万歳以前の宇宙を直接「見る」ことはできない。しかし、インフレーション理論の特徴は、初期宇宙にインフレーションが起きたとすると、宇宙開闢時に「時空の歪み」である原始重力波が生成され、その原始重力波が宇宙を伝搬していく過程でCMBに対し影響を与えている、という予言を持つことである。図2は、これを模式的に示した。この原始重力波の影響はCMBの偏光シグナルのパターンとして現れ、このパターンを定量化することができる。インフレーションのシグナル強度はrというテンソル・スカラー比と呼ばれるパラメータ(偏光パターンを定量化した量)と関係づけられ、具体的にはインフレーションのエネルギースケール(※3)と以下の関係を持つ。

数式

 故に、宇宙開闢に迫る初期宇宙の物理は、観測量を持つ検証可能な科学である。


図2 宇宙の歴史
図2  宇宙の歴史 [画像クリックで拡大]
特にインフレーション由来の原始重力波の影響を、電磁波であるCMBの偏光パターンとして観測することを示す模式図。

(※2) 宇宙の構成要素:宇宙を構成する物質として、我々を構成する普通の物質(ここでは歴史的な経緯からバリオンと呼ぶ)以外に、その正体が分からないダークマター、ダークエネルギーがある。近年のさまざまな観測結果より、光では見えず、重力の相互作用が支配的である物質と、空間膨張に寄与し、そのエネルギー密度がほぼ一定である「物質」があることが分かっている。前者をダークマター、後者をダークエネルギーと名付けている。「よく分かっていないもの」があるということだけは「よく分かっている」と言わざるを得ない状況に追い込まれているところが面白い。

(※3) インフレーションのエネルギースケール:インフレーションのエネルギースケールが分かると、インフレーション期にどれだけ宇宙が膨張により大きくなったかが分かる。

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