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宇宙科学の最前線

磁場で捉えた月のダイナモと極移動の痕跡 九州大学大学院理学研究院 准教授 高橋 太

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 地球や月といった惑星・衛星がどのようにして形成され、進化してきたのかを明らかにする上で、磁場の観測は必要不可欠なものです。本稿では、月周回衛星「かぐや」搭載の月磁場観測装置(LMAG)の観測による、月の磁場に関する我々の発見について解説します。


月のダイナモと磁気異常

 現在の月は地球とは異なり、地磁気のように天体全体を覆う大規模な磁場を持っていません。一般に天体規模の磁場は、天体内部の金属核にその起源を持ちます。地球を例に説明しましょう。地磁気の説明をする際に「地球は巨大な棒磁石である」という言い方がよく使われます。この説明は直観的で分かりやすいのですが、実は非常に誤解を生みやすい表現です。あたかも地球の内部に大きな棒磁石が存在しているかのようなイメージを持った読者もいるかもしれません。しかしながら、この描像は正確ではありません。地球深部の中心核は主に鉄から成り、数千度という高温のために大部分が溶融しています。一方で、鉄は800度程度になると磁石としての性質(磁化)を完全に失います。従って、鉄から成る核は棒磁石にはなり得ません。

 それでは、地磁気の源はいったい何なのでしょうか? 答えは「地球は電磁石である」です。鉄は電流を流す導体です。溶融した液体状の導体が磁場中を運動すると、電磁誘導により新たな電流が流れます。電流が流れると新たな磁場が生じ、結果としてもともと存在した磁場が維持されます。こうした一連の過程を「ダイナモ(発電)作用」と呼び、これが長期間地磁気を生成・維持するからくりです。つまり、地球は巨大な発電機であり、電磁石なのです。

 現在、月に大規模な磁場が存在しないのは、前述のダイナモ作用が働いていないためです。理由として以下のような可能性が考えられます。@月にはもともと金属核が存在しない、あるいは非常に小さい。A月はサイズが小さいので冷却が速く核がほとんど固化してしまっている。B液体状の核は存在するが運動していない、などです。いずれも月がどのように形成・進化してきたかに密接に関係し、この理由を明らかにすることは月を理解するために非常に重要です。太陽系内の惑星の多くは地球同様に大規模な固有の磁場を現在持っている、あるいは過去に持っていたことが、人工衛星による探査から分かっています。しかしながら、最も身近な天体である月については、過去のダイナモの有無は明らかになっておらず、大きな問題でした。

 一方で、月には磁気異常と呼ばれる局所的に磁場の強い地域が点在していることが知られています。月の磁気異常は40億〜30億年前に形成されたと考えられていますが、磁気異常の形成には何らかの磁場の存在が必要です。この何らかの磁場の候補として、2つの説が考えられています。一つは月のダイナモによる大規模磁場であり、もう一つは惑星間空間磁場と呼ばれる外部磁場です。従って、磁気異常の起源を検討することによって、過去の月ダイナモの有無を明らかにすることができるはずです。


月磁場観測装置(LMAG)による月磁場観測と電磁両立性(EMC)

 月の磁気異常による磁場の強さは、地磁気と比べて非常に微弱です。どのくらい弱いかというと、高度100kmで1nT(ナノテスラ。テスラは磁束密度の単位で、ナノは10億分の1を表す)程度であり、地磁気のたかだか1万分の1程度です。「かぐや」でこのような微弱な磁場を精度よく観測するためには、観測装置自体に高い性能が求められるのはもちろんのこと、「かぐや」全体としての電磁気的ノイズが小さくなるように衛星を設計する必要があります。LMAGは、地磁気の10万分の1という極めて弱い磁場でも正確に測定ができる高感度なフラックスゲート型の磁場センサーを搭載して、磁場の3成分をベクトル場として計測します。この高感度センサーの性能を最大限発揮するために、LMAGは「かぐや」本体から約12m先のマストの先端部に取り付けられています。宇宙空間中での磁場観測においては「かぐや」自体が最大のノイズ源になるので、本体からできるだけ離してセンサーを配置しなければならないからです。「かぐや」は電子機器の塊なので、直流と交流を含むさまざまな成分の磁場をつくり、観測に干渉します。こうした衛星本体による磁場干渉を取り除くことを電磁両立性あるいは電磁適合性(Electro-Magnetic Compatibility:EMC)といいます。「かぐや」では長いマストを伸ばしたり、使用する部品や回路、配線を工夫したりして、要求精度を満足するEMCを実現しています。


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