TOP > レポート&コラム > 宇宙科学の最前線 > 衛星ツアーの「ミッションデザイン」
天体の運動を支配する原理を追究する天体力学は、科学史の中でも特に重要な役割を果たしてきた学問分野です。コペルニクスの著書『天球の回転について』(1543年)と、ガリレオによる木星衛星の観測(1610年)は、科学的手法の基礎を与えるとともに、17世紀の科学革命を先導しました。「革命」に当たる英単語「revolution」は、ラテン語の「revolvere(回転する、運行する)」に由来し、もともとは太陽のまわりを公転する惑星の運動を表す単語でした。天体の運動を例に物体の運動法則を論じたニュートンの『プリンキピア(自然哲学の数学的諸原理)』は、言うまでもなく科学史上最も重要な著作の一つです。19世紀末にはポアンカレが著書『天体力学の新しい方法』(1893年)にてカオス理論の基礎を与え、1915年にはアインシュタインが一般相対性理論の最初の検証例として水星の近日点の移動を説明しました。 軌道設計をこのように捉えれば、「衛星ツアー」と呼ばれる特別なタイプの軌道がある、と言われても驚かないでしょう。衛星ツアーでは、宇宙機は惑星のまわりを何周回もしながら、その惑星の衛星に何度も接近(フライバイ)します。フライバイは衛星に接近・観測する機会として重要なだけではありません。フライバイ時の衛星重力による宇宙機の軌道変化は精密に予測できるので、惑星を周回する宇宙機の軌道を燃料消費なしに変更する手段として、フライバイは利用されます。軌道工学の分野において、「惑星」フライバイは特に新しい技術ではありません。1970〜80年代にボイジャー探査機が成し遂げた太陽系グランドツアーでは、木星、土星、天王星、海王星のフライバイが使われました。しかし、軌道運動の時間スケールが短い衛星ツアーでは※1、フライバイはより大々的に使用され、ツアーの間に数十回もの衛星フライバイが設定されることもあります。この記事では、衛星ツアーのミッションデザインについて、例を用いながら、その典型的な要求、制約、設計手法を紹介したいと思います。しかし本題に入る前に、そもそも、なぜ惑星系の衛星を探査しようと思うのでしょうか? ガリレオとカッシーニの成功を受け、米国、欧州、日本の宇宙機関では、惑星系の衛星を再訪し、その地質、化学、組成、そしてより広く生物の居住可能性を調べるべく、数多くの探査計画が検討されました。その中でも最も野心的な計画の一つが「エウロパ・木星系探査ミッション」であり、欧州(ガニメデ周回探査)、米国(エウロパ周回探査)、日本(木星磁気圏探査)が参加する巨大な国際協力ミッション構想でした。その後、米国と日本の構想は資金面の課題から断念されましたが、欧州の構想はJUICE計画として再構成され、2020年代の打上げが予定されています。
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