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XMM-NewtonのRGSによるSNRのX線精密分光観測 我々は、ASTRO-HのSXSによる観測検討を進めていく中で、欧州のX線観測衛星XMM-Newtonに搭載された分散分光器「Reflection Grating Spectrometer:RGS」が、SNRのX線精密分光観測に有用であることに気付きました。RGSはスリットを装備しないため、基本的に点源(恒星など点にしか見えない天体)用であり、SNRなどの拡散源には適しません。ところが実際には、RGSの分散角は大きいため天体の広がりに鈍感で、局所的に明るい構造(輝点やフィラメント構造)や見掛けの小さいSNRに着目すれば、質の高いスペクトルが取得できるのです。定量的に見ると、天体の広がり(θ分角※2)とエネルギー分解能(E/ΔE)には、E/ΔE=160(1/θ)−1@λ=22.1Åという関係があります。つまり、観測対象のサイズが数分角程度であれば、X線CCDカメラを1桁ほど上回る、ASTRO-HのSXSと同等の分光性能が出せるのです。そう思えば、RGSの複雑なデータ解析も苦になりません。 我々が初めに手掛けたのは、輝点やフィラメント構造を多数持つパピスA SNRでした。このSNRは、4500年ほど前に、7000光年の距離で起こった超新星爆発の痕跡です。X線強度分布(図1)には、 星間・恒星物質の密度揺らぎに起因する激しいむらがあり、そのサイズが1〜2分角なので、RGSの絶好の観測対象になります。 ![]()
パピスAは、爆発後に中性子星(その名の通り中性子の塊の星)を残す重力崩壊型のSNRです。興味深いことに、爆発で飛び散った恒星物質はほとんど北東領域に集中する一方で、中性子星は反対に南西方向に高速で運動していることが分かっています。これは、恒星物質と中性子星が爆発時に反跳したことを示唆しています。パピスAほどはっきりしないものの、同様の反跳現象はほかのSNRでもほのめかされています。他方、最近の理論研究では、このような非対称性こそが超新星爆発の機構※3を解く鍵と考えられています。従って、非対称爆発の貴重な実例であるパピスAの爆発構造を探ることは、近年の有力な理論モデルにフィードバックを掛ける絶好の機会となります。 その一環として、我々は恒星物質の一塊(図1)をXMM-NewtonのRGSで観測しました。得られたスペクトルを図2(a)に示します。所々に立つピークがターゲットからの輝線で(青実線でモデル化)、それ以外のほとんどの放射は周辺領域からの実質的なバックグラウンドです(灰色実線でモデル化)。灰色十字で示した「すざく」のXIS(過去最高のエネルギー分解能を誇るX線CCDカメラ)との違いは一目瞭然で、RGSが各輝線を1本1本見事に分離していることが分かります。
RGSスペクトルは、従来のX線CCDカメラでは得られなかった新しい知見を与えてくれました。その一つがドップラー速度です。図2(a)をよく見ると、恒星物質からの輝線が、縦点線で示した静止系の波長位置から系統的に短波長側にシフト(青方偏移)していることが分かります。解析の結果、ドップラー速度(地球に対する視線方向の相対速度)を1500±200km/sと、非常に高い精度で測定することができました。このスピードで爆発から現在まで4500年の間飛行してきたと仮定すると、爆発点から視線方向に23光年ほど進んでいることになります。このようにして、飛散する恒星物質の視線方向の位置が推定できるのです。ほかの恒星物質についても同様にドップラー速度を測定すれば爆発構造の全貌を明らかにできますが、これはASTRO-HのSXSに引き継ぐことになりそうです。 東端に位置する、星間雲起源の輝点(図1)についても、RGSで高分散スペクトルを取得することに成功しました。図2(b)に示したRGSスペクトルは、実にたくさんの輝線を分離、検出しています。その中でとりわけ興味深かったのは、ヘリウム様酸素Kα線※4でした。驚いたことに、禁制線が共鳴線より1.5倍ほど強いのです。このような強度比は、従来の衝突電離プラズマの放射モデルでは説明できません。さまざまな観点から考察した結果、SNRではほとんど効かないと考えられてきた「電荷交換反応由来のX線」が混入している可能性が浮上しました。もし本当なら、SNRを探る新しい手掛かりになりそうです。ASTRO-HのSXSによる徹底的な追究が、強く望まれます。
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