宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > 宇宙科学の最前線 > 「はやぶさ2」のレーザー高度計

宇宙科学の最前線

「はやぶさ2」のレーザー高度計 宇宙機応用工学研究系 准教授 水野 貴秀

│2│

レーザー

 それでは、レーザー高度計の特徴的な部分である、レーザーと微少光量の検出回路について説明していきます。レーザーは、YAG(Yttrium Aluminum Garnet)と呼ばれる結晶に発光素子としてNd(ネオジム)イオンを添加したロッドに、LD(Laser Diode)の光を吸収させて、波長1.064μm の光をつくり出します。図2aは「はやぶさ」に使われたレーザー部プロトタイプモデルの写真です。ベースは約15cm角で、共振器を構成する出射ミラーとポロプリズムの間にレーザーロッド、台形プリズム、短いパルスで大きな出力を出すためのQスイッチが並んでいます。赤線は光路を示し、矢印はレーザー光の出射方向です。QスイッチはYAGロッドに吸収されたエネルギーが十分になるのを待って、一気に短く強いパルス発振をさせる役目を持っています。

図2
図2 レーザー部の写真


 「はやぶさ」のレーザーは、15ナノ秒という短い時間ですが1メガワットという強いレーザー光を出します。しかし、このQスイッチは真空中での温度変化に弱いことが分かっていたため、打上げ翌年からメーカーと協力して、QスイッチとしてCr4+可飽和吸収体を使用したレーザーを開発しました。それが図2bに示す「はやぶさ2」に使われるレーザー部の試作品です。可飽和吸収体はYAGロッド内のエネルギーがあるレベルまではエネルギーの吸収体として働きますが、そのレベルを超えると急に吸収しなくなるため、この特性をQスイッチとして利用しています。

 「はやぶさ2」のレーザー共振器は、片側に可飽和吸収体の薄板が付けられたYAGロッドと、その前後にコーティングされたミラーでできています。その結果、「はやぶさ」のレーザー部では約150mmのコの字をしていた共振器は、直径3mm・長さ40mmのYAGロッドに納められ、レーザー部全体の大きさも50mm角まで小型化されています。もちろん、真空中の温度変化にも強い頼もしいレーザーです。

受信光の検出

 次に、対象物から反射して返ってきた微少光の検出ですが、光を電流に変換するAPD、その後段の増幅回路とタイミング検出回路で行います。特に増幅回路には設計者の思想が強く反映されます。レーザー高度計の設計は、レーザー出力と受信望遠鏡を含めた検出感度の最適なバランス設計が必要で、どちらかにアンバランスになると大きさや重量が増えていきます。さらに惑星探査機の場合は、その打上げウィンドウの狭さから短期間の開発が求められる場合があります。

 「はやぶさ」ではチャージアンプを使った信号帯域を狭くしてノイズを抑えて増幅する回路が採用され、回路のゲインはAPDのバイアス電圧とアンプの帰還容量の切り替えと極近距離では送受光学系の視野のずれの利用で、100万倍もの光量変化に対応しています。図3aは「はやぶさ」のレーザー高度計が測った受信光量と距離のデータで、距離によってきれいに受信エネルギーが変化する様子が測定できています。しかし、「はやぶさ」ではチャージアンプ回路の調整に多くの時間を費やしました。

│2│