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宇宙科学の最前線

宇宙での結晶成長実験 学際科学研究系 准教授 稲富 裕光

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(2)結晶化メカニズムの解明

 液体や気体から結晶が現れるプロセスは、結晶化の最初の段階である環境相からの“核生成”、そしてその核が大きくなっていく“結晶成長”に分けることができます。従来は結晶成長に注目が集まってきましたが、核生成の現象は計測自体が難しいため、物質科学における重要な研究課題の一つなのです。そこで最近、核生成に関する微小重力実験がISASの観測ロケットを利用して実施されました(図3)。この実験は宇宙ダストと炭酸塩結晶の生成を明らかにしようとするものです。観測ロケットの弾道飛行で得られる数分間の微小重力環境を利用して、核形成の様子を観察・計測し、その物理を理解するとともに、「きぼう」などにおける長時間での繰り返し実験のための基礎データを得ました。

図3
図3 微小重力での核生成実験


 また、今までの宇宙実験で扱ってこなかった複雑な結晶成長過程の解明も、新しいテーマとなり得るでしょう。自然界での物質生成プロセス、例えば鉱物生成においては温度、圧力だけでなく化学反応が関わった複雑なものが数多く見られ、生体内の結晶化においては分子量の大きく異なる複数の成分が関与することは珍しいことではありません。具体的な研究対象としては、複雑な化学反応を伴う鉱物生成の再現、バイオミネラロジーが考えられます。

(3)宇宙空間での結晶化の再現

 太陽系の起源と進化について、従来は観測結果、そして飛来した隕石の分析に基づいて議論されてきました。多くの隕石に見られる球状の粒子であるコンドリュールについては、太陽系形成時の情報を多く有していると考えられることから、さまざまな研究が行われています。従来、コンドリュール形成は数千年あるいは数万年かかると考えられていましたが、一方で衝撃波による宇宙ダストの加熱・溶融とそれに続く過冷凝固によって、秒ないしそれ以下の時間スケールでダストからコンドリュールが形成されたとする主張もあります。

 近年、「はやぶさ」に代表される小惑星探査によるサンプルリターンミッションなど、宇宙理学、宇宙工学分野の展開があります。それとともに、宇宙環境利用科学および衝撃エネルギー工学など多岐にわたる分野が協調することで、宇宙ダスト生成およびコンドリュール形成の再現と、探査で得られたサンプルの分析、理論計算の結果との比較、という一連の研究が可能となるでしょう。

 そこで、宇宙実験テーマとして、浮遊と過冷凝固、その場観察の組み合わせによる“再現実験”が考えられます。もしかしたら、ISS船外の広大な宇宙空間を利用した宇宙ダストの再現実験も可能となるかもしれません。

おわりに

 宇宙機関を中心とした宇宙実験へのいざないやテーマの芽出しを経て、今や研究者、技術者が主体となって宇宙実験を遂行する段階となりました。そして、今後の継続的な研究とその成果の蓄積が必要であることは言うまでもありません。軌道上で行われている宇宙実験の成果が我々の生活に直接役に立つことを期待されている方々もおられることでしょう。これは長い目で見れば現実になるかもしれませんが、あまり性急に求めると大きな失望に終わる可能性があります。むしろ、宇宙環境が持つ特別な性質を用いた新しい学問の開拓を地道に行うことが何よりも大切であり、広く学術分野、産業界への貢献に通ずる近道でしょう。このような科学としての宇宙環境利用の研究こそが、我々人類に新たな可能性をもたらすものではないでしょうか?

(いなとみ・ゆうこう)

参考:

●ISS実験を紹介するホームページ
http://www.isas.jaxa.jp/home/iss/index.htm
http://iss.jaxa.jp/kiboexp/others/iss/
●ISASニュース
2008年12月号、2009年5月号、2011年11月号、2012年10月号



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