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宇宙科学の最前線

「すざく」で探る銀河団プラズマの運動 学際科学研究系 助教 田村 隆幸

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宇宙の進化と暗黒物質の謎に挑む

 銀河団プラズマの速度を測定することには、少なくとも2つの意義があります。

 第一に、衝突・合体の証拠をつかみ、宇宙の構造形成の現場を直接的に調べることができます。私たちは、コンピュータの中で宇宙の構造形成を再現し、その進化を見ることができるようになりました(実際の成長には文字通り宇宙スケールの長い時間がかかります)。一方、私たちが観測できるのは、それぞれの天体の「静止画」にすぎません。この静止画に、天体の運動、すなわち「動画」を加えることができれば、進化の様子をより精密に理解できます。先に述べたように、銀河団の中では、星の集団の銀河とX線を放射するプラズマが、大小の集団をつくりながら成長していきます。これまでは、一つ一つの銀河の運動についてはドップラー効果を使って測定されてきました。ただし、銀河の数はせいぜい100個程度であり、それぞれの銀河がどの集団に属しているかを判別することは簡単ではありません。加えて、銀河の集団とプラズマの集団が一緒になって動いているかどうかは、必ずしも自明ではありません。したがって、プラズマの運動を測り、すべての役者(銀河とプラズマ)を含む銀河団全体の3次元的な「動画」を捉えることが重要です。

 第二に、プラズマの運動を測ることで、その運動を支配している暗黒物質の総量や分布に迫ることができます。地球とほかの惑星は、太陽のまわりをそれぞれ異なる速度で回っています。これは、惑星の遠心力と太陽の重力が釣り合っているからです。同じように、銀河団の中でも、いろいろな力と暗黒物質のつくる重力が釣り合っているはずです。これまでは、プラズマの運動を無視し、プラズマの熱的な圧力が重力と釣り合っている(熱的な圧力=重力)と仮定して暗黒物質の総量が推定されてきました。しかし、もしプラズマが大きな速度を持って動いていると、この仮定は成り立ちません。例えば、プラズマが回転している場合には「熱的な圧力+遠心力=重力」となり、これまで考えていた以上の暗黒物質が必要になります。今回の測定は、「衝突銀河団」という特別な状態にある天体の結果です。したがって、これまでにも一部の研究者の間では、そのような状態においては「熱的な圧力=重力」の仮定が成り立たない可能性が検討されていました。では、私たちが見つけたようなプラズマの運動が「普通の銀河団」でも存在するのでしょうか? これが私たちの次の課題であり、暗黒物質の分布を正確に知るためには、その解明がどうしても必要です。

ASTRO-Hで宇宙の「暗黒」に挑む

 宇宙には見つかっているだけでも1万を超える銀河団があり、その中にはいろいろな成長段階、すなわち運動状態を持つものがあるはずです。「すざく」に続く日本の6番目のX線衛星として、ASTRO-Hが日米欧の国際プロジェクトによって開発・製作されています。この衛星には、「すざく」のX線検出器に比べて20倍も高いエネルギー分解能を持つ新しいタイプのX線検出器(X線カロリメータ)が搭載されます。この最先端技術を用いた新しい装置で、多くの銀河団について、これまでは見えなかったプラズマの運動の様子を詳しく観測します。それによって、宇宙の大規模構造の成長の様子を捉え、それを支配している暗黒物質の謎に挑みます。

 近い将来、暗黒物質は直接的に検出され、その正体が明らかになっている可能性もあります。そうなっていたとしても、さらに検出が難しい「暗黒エネルギー」は、しばらくは謎として残っていると予想されます。「暗黒エネルギー」は、宇宙全体を支配する物理法則ですが、その正体はまったく分かっていません。この正体を明らかにするには、宇宙の大きなスケールでの暗黒物質の分布と進化を精度よく測ることが最初のステップとなります。そのためにも、ここで紹介したような銀河団プラズマの運動は、不可欠の測定対象です。さらに、銀河団が予想していないような運動をしているかもしれません。読者の皆さん、一緒に新しい観測装置をつくり、「宇宙の暗黒」の正体を探りませんか?

(たむら・たかゆき)

参考:
・長井雅章、大阪大学大学院修士論文、2008
・Tamura et al., 2011, PASJ, 63, 1009
・Ustream 宇宙研速報、2011/11/24、「銀河団の衝突」



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