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宇宙科学の最前線

「超広角コンプトンカメラ」による放射性物質の可視化に向けた実証試験 宇宙物理学研究系 教授 高橋 忠幸 助教 渡辺 伸 ミッション機器系グループ 武田 伸一郎

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超広角コンプトンカメラの原理

 コンプトン散乱の効果を使ったコンプトンカメラは、1970年代に提唱されました。いち早く宇宙環境で使用されたのが、NASA CGRO衛星コンプテル(COMPTEL)ガンマ線望遠鏡(1991〜2000年)です。当時、コンプテルはメガ電子ボルトのガンマ線帯域において優れた感度で宇宙天体観測を行いました。しかしながら、コンプテルはサイズ2m、総重量1.5トンの巨大なシステムで、地上用途へと展開するのは不可能でした。その後、半導体検出器やガス検出器の著しい発展を背景として、いくつかの次世代コンプトンカメラが提案されました。その中で、私たちのグループは、15年ほど前からシリコン(Si)とテルル化カドミウム(CdTe:カドテルと呼ばれる)の半導体イメージング素子を組み合わせたSi/CdTeコンプトンカメラを提案、開発を進めてきました。優れた位置分解能と高いエネルギー分解能、高い時間分解能を併せ持つようなSiとCdTeの半導体イメージング素子をつくることができれば、それらを組み合わせることで、非常にコンパクトで角度分解能(画像の細かさ)の優れたカメラが実現するからです。ASTRO-Hの硬X線撮像検出器(HXI)と軟ガンマ線検出器(SGD)は、こうして開発してきた2種類の半導体イメージング素子を組み合わせたものです。100キロ電子ボルトから下のエネルギーがHXIで、上のエネルギーはSGDによってカバーされます。

 東京電力の要請を受け、さらに現地に出掛けて状況をよく見た上で、大急ぎでつくることにしたのは、ASTRO-HのHXIの構造(5層のセンサー)をそのまま使い、SiとCdTeそれぞれ2枚と3枚(HXIは4枚と1枚)に変更、さらに読み出しのアナログLSIをSGD用の広帯域タイプに変更したハイブリッド型でした(図3)。このカメラは、ほぼ180度の広い視野を持ちます。そこで、私たちは、これを「超広角コンプトンカメラ」と名付けました。私たちが開発してきたSi/CdTeコンプトンカメラは、500から800キロ電子ボルト程度のエネルギー範囲で数度の角度分解能を持ちます。これは、その技術を用いた超広角コンプトンカメラで10m先で数十cmの大きさにホットスポットを絞り込めることに対応します。

図3
図3 超広角コンプトンカメラの原理
ガンマ線をシリコン(Si)半導体検出器で散乱させ、テルル化カドミウム(CdTe)半導体検出器で吸収する。半導体検出器が検出した値から、ガンマ線が飛んできた方向を逆算できる。ガンマ線が、散乱や吸収をされずに半導体検出器を透過する場合もある。


 今後の除染作業において、本カメラのコンセプトを最大限に生かすためには、感度を数倍から10倍程度向上させて数分の測定で画像化すること、除染作業者による操作を容易にすることが課題です。実は、ASTRO-HのSGDは天体からやって来る微弱なガンマ線信号を検知するために、32層のSi検出器と8層のCdTe検出器を積層しています。したがって、これをそのまま福島でのガンマ線可視化装置に使うことができれば、さらに約30倍も高い感度が得られます。試作機が20〜30分程度で得ていた「ガンマ線によるイメージ」が、新しい装置では、格段に短い時間で取得可能になると期待されるのです。これを福島における放射性物質の分布の可視化に応用するために、私たちは、新たに科学技術振興機構の支援のもとに、ASTRO-HのSGDのデザインを踏襲したカメラをつくる計画を進めています。

最先端宇宙観測技術で除染に貢献

 今回試作した「超広角コンプトンカメラ」は、エネルギー分解能の優れたCdTe半導体を用いた検出器技術と極めて高度な実装技術が鍵となって実現しました。これは、15年にも及ぶアクロラド社と三菱重工業名古屋誘導システム製作所との共同開発によるものです。また、同じくシリコン検出器や読み出し用のアナログLSIは名古屋大学の田島教授との、またスペースワイヤに基づくデータ収集装置は大阪大学の能町教授との共同研究の成果が込められています。そして、ASTRO-HのHXIやSGDは、JAXA宇宙科学研究所のほか東京大学、名古屋大学、広島大学、早稲田大学など、「すざく」から世界で最高水準の硬X線、ガンマ線観測装置をつくってきたチームが力を合わせ、2014年の打上げを目指して日夜開発を続けています。宇宙科学の観測は、最先端の技術を要求します。そこで得られた、我が国独自の最先端宇宙観測技術を用い、現時点での、そして将来にわたっての除染に貢献することができれば、ASTRO-Hの役割も、地上から宇宙まで大きく広がることになるはずです。

(たかはし・ただゆき,わたなべ・しん,たけだ・しんいちろう)



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