宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > 宇宙科学の最前線 > 電気ロケット技術 Game Changing Technology

宇宙科学の最前線

電気ロケット技術 Game Changing Technology 宇宙輸送工学研究系 教授 國中 均

│1│

はじめに

 『ISASニュース』巻頭に寄稿する機会を得たのは今回が3度目である。初回はNo. 230(2000年5月号)の「電気推進・イオンエンジン」であり、後に「はやぶさ」と名付けられることになるMUSES-Cをつくっていたころであった。2回目はNo. 276(2004年3月号)の「宇宙大航海時代への予感〜小惑星探査機『はやぶさ』とイオンエンジン技術〜」で、小惑星イトカワに向けてイオンエンジンを全力運転中のときであったと思う。

 これらを踏まえた上で、地球―小惑星間往復航海を終えた2011年5月現在、電気ロケット技術に関して雑感を述べたい。


深宇宙往復航海を終えて

 非力なロケットであってもその射程を延ばし、さらには復路を確保する、あるいは衛星寿命を延ばすための電気ロケットに関して、日本は大変熱心に研究開発を続けてきた。1990年代、イオンエンジンによる静止衛星の南北制御への挑戦は、世界に先駆け好機を捉えていた。しかし力及ばず、世界の覇権を握るには至らなかった。当時の日本の宇宙開発の枠組みでは、宇宙開発事業団(NASDA)が実用衛星、宇宙科学研究所(ISAS)が科学衛星を所掌していた。後者に属していた私は、電気ロケットの応用現場に直接寄与することができずに、ただ指をくわえて見ているだけであった。次に登場する応用場面は深宇宙動力航行であり、確信を持って小惑星/彗星へのミッションへ照準を合わせ、独自のイオンエンジンを投入して果敢に挑戦した。着想から実証まで20年を要してしまったが、小惑星から試料を持ち帰り、欧米露に後れを取ることなくこの分野に先鞭をつけることができたであろう。

 「はやぶさ」の往復航海のために、電波を用いて無電極でプラズマ生成するISAS独自の方式、マイクロ波放電式イオンエンジンを開発した。各1万4000時間、3台合計のべ4万時間の宇宙作動要求に対して、スラスタBが1万時間、スラスタCが1万2000時間、スラスタDが1万5000時間、さらに中和器A+イオン源Bによるクロス運転3000時間にて、これを満たした。地上の管理された環境では単体2万時間の耐久性が認められていたものの、スペックを超える運転を強いられたとはいえ、実践的宇宙では中和器に少し耐久性不足があったことは否めない。実証を介して独特の性能劣化機構を知るに至り、電気ロケット技術上の大いなる知見を得た。この反省と並行し、3台にて往復航行する計画に対して4台で適応する冗長設計が有効に機能し、当初目標を達成できたことは、宇宙技術の観点において適切で必要十分な危機管理がなされていたと主張したい。

 従来より、電気ロケットは推力が小さいために連続運転を必要とし、長期作動が衛星運用に負荷をかけるとされてきた。しかし、低推力・連続加速であるだけに、目的地に至るルートは一つに限られず複数存在し、昨日の加速ノルマ未達成を明日取り戻すということができた。帰還を3年延長したものの、幾多の問題を解決し地球―小惑星間往復航行を成就できたのは、電気ロケットを用いた軌道設計の自由度あってこそであり、それを証明したことは宇宙工学上の成果である。また、推力可変・電力スロットリング・組み合わせ運転・推力方向制御・冷ガスジェット・他サブシステムとの連携動作、着陸点への精密誘導など、器用さ・多芸性も存分に示せたと思う。


│1│