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宇宙科学の最前線

静電浮遊法を用いた超高温液体の研究  宇宙環境利用科学研究系 助教  岡田純平

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 SPring-8を使った実験

 原子構造や電子構造について調べるためには、X線を用いると好都合です。X線は電磁波ですから、電子と相互作用します。また、電子の大部分は原子核の周囲に集まっています。物質にX線を入射し、散乱してきたX線のエネルギーや散乱方向を詳細に解析すれば、原子構造(原子核の位置)や電子構造の詳細を知ることができます。
 高温液体の原子構造、電子構造を調べるために、兵庫県西播磨にある大型放射光施設(SPring-8)へ静電浮遊溶解装置を設置し実験を行いました。SPring-8は世界で最も強力なX線の利用が可能な実験施設です。SPring-8を使うために世界中から研究者が集まってきます。これまでに、SPring-8を用いてさまざまな超高温液体について実験を行ってきましたが、ここでは液体シリコンの実験について紹介します。
 シリコンはコンピュータのCPUや太陽電池に用いられる、社会を支える電子機器に欠かせない重要な材料です。とりわけ融液からのシリコン単結晶成長技術は、半導体シリコン産業の基盤を形成する重要な要素の一つです。液体シリコンの流動状態や凝固過程を解明できれば、単結晶成長過程の制御性向上に新たな道が開かれ、単結晶シリコンの大口径化など、技術的に大きな波及効果が期待できます。そのためには、液体シリコンの基本的な特性を正確に把握することが重要になります。
 シリコンは、固体では半導体で電気をほとんど流しませんが、溶けると電気伝導度(電気の流れやすさ)が大きく増え、自由電子近似が成り立つ典型的な金属である液体アルミニウムと同程度まで増加します。そのため、共有結合を持ち典型的な半導体である結晶シリコンは、融解すると一転してアルミニウムのような単純な金属(等方的な構造を持ち価電子が自由電子として振る舞う)になる、そのように長い間考えられてきました。
 このことをもとにシリコンの結晶成長を考えてみると、ナトリウムのような金属融体から金属結晶への結晶成長、あるいは塩化ナトリウムのような溶融塩からイオン結晶への結晶成長とは状況が大きく異なっていることが分かります。ナトリウムや塩化ナトリウムでは、液相と固相とでイオン配列と電子的性質の違いはほとんどありませんが、シリコンでは、それらがいわば対極にあるといえるほど違っています。均質な構造を持つ液体金属シリコンから、どのようにして典型的な共有結合を示すダイヤモンド構造を持つ結晶が成長してくるのでしょうか。原子(電子)レベルでこの問題に答えることは、学術的にも実用的にも重要です。
 最近、液体シリコンについて第一原理計算法による理論的な研究が行われ、価電子状態についての詳しい情報が得られました。それによると、これまでの自由電子的描像に反して、液体シリコン中にはフェムト秒(10-15秒)で生成消滅を繰り返す共有結合が存在し、しかもそれが非常に多くの割合で存在する可能性が報告されました。液体中の原子は、固体と比べ激しく運動していて、互いに近づいたり離れたりしています。そして、原子間の距離が約2.5Å以下になると共有結合が生成し、原子の運動に伴って原子間距離が約2.5Åより長くなると、結合が切れることが明らかになりました。この臨界距離2.5Åは結晶シリコンの結合の長さ2.35Åより少し長く、つまり、固体シリコンでは、すべてのシリコン原子が4本のボンドを出して手をつないでいますが、液体では、原子の運動による原子間距離の変化に応じて、時間とともにボンドができたり切れたりしていることが報告されました。


※第一原理計算:「最も基本的な原理に基づく計算」を意味する。物質科学の場合、電子間、原子核間および電子―原子核間のクーロン相互作用から出発し、量子力学の基本法則に基づく電子状態理論を使って電子分布を決め、物質のさまざまな性質を計算から求めることが可能になっている。実験では分からないミクロな情報を補うことで実験結果の理解に役立ち、また最近では、まだ合成されていない新物質の予想や、実験困難な極限条件下の物質科学研究のために役立っている。最近の計算機の進歩とそれに見合った方法論の発展によって、第一原理計算は以前よりも手軽で信頼性の高い実用的な手法となり、応用範囲が着実に広がっている。

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