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宇宙科学の最前線

宇宙機フレキシブル自律熱制御 名古屋大学大学院 工学研究科 航空宇宙工学専攻 講師 長野方星

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新しい放熱制御の提案と開発

 今後の熱制御要求の中で困難なものの一つは、大きな熱環境変化への対応です。熱制御技術は、この大きな熱環境変化に対応できる柔軟性(フレキシビリティ)が求められています。また、電気的な信号を外部から与えなくても、自分自身で検知して自分自身で対応できる、いわゆる自律制御性が求められています。そこでフレキシブルな自律熱制御技術として考案されたのが、自律型吸放熱デバイス(Reversible thermal panel:RTP)です。
 提案している自律型吸放熱デバイスは、図2に示すように放熱面と吸熱面が表裏一体となっており、温度に応じて宇宙空間に曝露させる面が入れ替わることで機能を逆転させます。つまり、宇宙機が高温の場合、放射率が高く太陽光吸収率の低い放熱面を宇宙空間にさらし、放熱を促します。一方、低温では、放熱面を収納し、放射率が低く太陽光吸収率の高い吸熱面を宇宙空間にさらして放熱を抑制します。また、太陽が当たる場合は、吸熱面より太陽光エネルギーを吸収して内部に輸送し、宇宙機を暖めます。この機能を、電力を一切用いずに、自身の温度変化を感知して自律的にフィンの展開角度を調整することで実現します。このように、放熱フィンの展開による大排熱と、放熱面積の自律的な調整と、吸熱機能を1つのデバイスで実現することで、保温用ヒーター電力の大幅な削減、熱環境変化に伴う温度変動の抑制、ならびに熱ストレスの緩和が期待されます。


図2
図2 自律型吸放熱デバイス

 RTPは、「放熱、保温、吸熱」という従来両立し得なかった機能を電力を用いずに実現するため、2つの先進機能材料を採用しています。具体的には、熱輸送兼吸放熱フィンの材料に高熱伝導性グラファイトシート(Pyrolytic graphite sheet:PGS)を、可逆回転アクチュエータに単結晶形状記憶合金(Single crystal shape-memory alloy:SCSMA)を用いています。
 PGSはポリイミドフィルムを単純熱処理することで得られ、軽量でフレキシブルでありながら、面内方向に高い熱伝導性を有しています(図3a)。PGSを宇宙用の熱制御材として使うためには、熱物性情報が広い温度の範囲で必要です。しかし、PGSは特殊な材料なため、既存の技術で面内方向と厚み方向の熱伝導率を測定する方法がありませんでした。そこで、周期加熱法という方法に新しい異方性同時測定理論を加えて、3軸方向の熱拡散率を測定することに成功しました。また、シート材の比熱測定も難しかったのですが、カロリメータ法により放射率と比熱を同時に求める手法を提案、適用し、物性を明らかにすることができました。その結果、PGSの密度は純銅やアルミニウムのそれぞれ1/11、1/3であるのに対し、熱伝導率はそれぞれ1.2倍、2.1倍有しており、極めて軽量な伝熱素材であるということが明らかになりました。また、太陽光吸収率と放射率の比がαSH=0.7/0.3であり、従来の材料にはあまり見られない、吸熱面としての特性を有していることが明らかになりました。さらに、宇宙環境の放射線にも強い材料であるということも確認しました。


図2
図3 自律型吸放熱デバイス実現のための先進機能材料

 次に、吸放熱フィンを動作させる可逆アクチュエータでは、動作温度設定の範囲が広いこと、動作ストロークが大きいこと、アクチュエータとしての十分な動作荷重を得ることが重要となります。また、電気的要素を使わず機器温度に対応して適切な展開収納動作を行うことが要求されます。そこで、先進機能材料であるSCSMAに着目し、コンストンばねと組み合わせることで、RTPの要求を満足できるアクチュエータを開発しました。図3(b)に、製作した可逆展開アクチュエータを示します。SCSMAは従来のNi-Ti系の形状記憶合金に比べ、2倍以上の形状回復量を有していること、また、マルテンサイトとオーステナイト時の弾性係数の差が7倍以上であり、優れた動作ストロークを有しているのが特徴です。

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