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宇宙科学の最前線

低環境負荷の推進剤を開発する

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 昔、「低公害」という単語がよく使われました。このところはもっぱら「低環境負荷」といいます。ロケットを考える際には、「高性能」「高信頼性」「低価格」といったキーワードがすぐに思い浮かびますが、「低環境負荷」というキーワードは常にリストアップされてきたものの、いつも下位、誰からも本気にされてきませんでした。ところがこのところ、少し風向きが変わってきています。
 固体ロケットでは、その燃料中に過塩素酸アンモニウム(NH
4ClO4)が酸化剤として、アルミニウム(Al)が金属燃料として含まれます。そして燃料が燃えて、塩化水素(HCl)ガス、アルミナ(Al2O3)の粒子が出てきます。酸化剤NH4ClO4が分解することによりHClが出てくることは何となく分かっていただけるかと思います。また、アルミニウムが燃えて(酸化されて)アルミナになることもOKでしょうか?
塩化水素はすぐに塩酸と結び付きます。誰の目にも、環境に悪い。アルミナは、基本的には問題ありませんが、微粒子で出てくるところに問題がありそうです。少し前はナノ粒子と呼ばれる微粒子が大きな注目を集めていましたが、ほんの少しの例外を除き、だいたいの微粒子は生体にとって悪影響が出ます。アルミナの微粒子について詳細に調べられたわけではありませんが、その可能性は否定できません。
 これらの排出量は世界的規模からいって無視できるほど小さいことから、これまでは問題にされてきませんでした。しかし、皆さん重々ご承知のように、これからはそんなことを言って許される時代ではありません。こと環境負荷に関しては、どんな小さいことでも責任を取りなさいというのが世の中の風潮です。さらにアルミナ粒子に関しては、デブリ(宇宙ごみ)の観点から、欧州を中心に厳しいことが言われだしています。長い目で見れば間違いなく、下の方(地面の近く)では塩化水素フリーと微粒子フリーが、上の方(宇宙空間)では微粒子フリーが達成目標となるでしょう。そのためには、以下のいずれかの対応が必要です。

(1)液体ロケットに代替する
(2)固体と液体の推進剤を用いるハイブリッドロケットを開発し、代替する
(3)素材を工夫して塩化水素フリー、微粒子フリーを達成できる固体燃料を開発する

 (1)はもちろんあり得る話ですが、私の守備範囲ではありませんし、いろいろな制約があり総取り換えは難しいところです。ここでは(2)と(3)に話を絞ります。


GAPを用いたハイブリッドロケット

 まずはハイブリッドロケットです。数種の形態がありますが、ポリマーを燃料として液体酸化剤を使って燃やすというのが一般的です(もちろん、材料中に塩素原子や金属粒子が含まれないことが条件になりますが)。これまでに燃やし方にいろいろな試みがなされてきましたが、なかなか注文通りに燃料ポリマーが元気よく燃えてくれません。結局、燃料となるポリマーに元気のあるものを選ばねば、と考えています。
 その候補の一つとしてGlycidyl Azide Polymer(GAP)という材料が挙げられます。このポリマーは図1にあるような構造を取っており、分子内に含まれるアジド基(-N
3)が特徴です。アジド基が大変エネルギーの高いパーツで、この基が分解して窒素(N2)ガスを放出する際に大きな熱を出します。この熱がGAPの「元気の素」となっており、酸化剤を充ててやらなくても、自分自身で燃えることのできる貴重なポリマーです。


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図1 Glycidyl Azide Polymer(GAP)の分子構造


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