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宇宙科学の最前線

ディ−プインパクト探査が明らかにする彗星と太陽系の謎

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 地上観測には大小さまざま73台もの望遠鏡が参加しているので,それらの結果を網羅的に紹介することはできません。ここでは,大口径の望遠鏡が衝突直後の最良のタイミングで観測できた,ハワイ島マウナケア山頂の三大望遠鏡の結果を中心に解説します。まず,36枚の分割鏡を使った有効径10mのケック望遠鏡は,近赤外におけるガス分子の蛍光線観測を行い,衝突によって気化する氷成分の組成および温度計測を狙いました。一方,有効径8mの1枚鏡を持つすばる望遠鏡とジェミニ望遠鏡は,探査機の測器が観測できない中間赤外光の観測を行い,衝突に際して気化しない岩石成分および不揮発性炭素成分(以下では,両者を総称してダストと呼ぶ)の組成,結晶化率,粒子径分布を求めること,またダストの総量や空間分布からクレーター形成機構を理解することを狙うことにしました。ジェミニ望遠鏡のグループと我々すばる望遠鏡のグループは,独立にほぼ同じテーマを狙った観測計画を立てたため,調整を行って分担観測をすることにしました。同じ口径でも空間分解能により優れるすばる望遠鏡が主に撮像観測を担当し,ジェミニ望遠鏡は主に分光観測を担当することとしました。

図2
図2 すばる望遠鏡がとらえた探査機衝突およそ3時間後のテンペル第1彗星のまわりに形成した放出物のプリュームの姿。緑色成分はシリケイト粒子を,赤色成分は炭素粒子を表している。プリュームの外側ほど緑色で内側ほど黄色味がかっているのは,プリュームの外側ほどシリケイト粒子に富み,内側には炭素粒子もかなり含まれていることの現れである。


 衝突現象の観測は,いくつかの重要な発見をもたらしてくれました。まず,衝突直前までまったく見えていなかった10μm付近のシリケイト発光体が,衝突が起こるやいなや強く光りだしました(図2)。これは,彗星の内部から微細な(直径1μmからサブミクロン)シリケイト粒子が大量に掘削されたことを示しています。この10μm帯の発光量の絶対値観測および時間変化観測から,およそ106kgのダスト成分が宇宙空間に放出されたこと,ダストの放出は基本的に衝突の瞬間だけであって,長時間にわたる継続的なダスト放出が衝突によって誘起されることはなかったことなどが分かりました。ここで求まったダストの総放出量は,事前の検討値の中ではかなり大きい値に対応していて,彗星の表面物質の強度は非常に小さいことを示していました。また,106kgという数値から,クレーターの直径が約100m程度であろうと推定されました。従って,今回の衝突で放出された種々の放出物は,彗星の表面下の数m〜10m程度の深さから掘削されたことになります。

 一方,10μm帯の分光分析からは,彗星内部のシリケイト粒子が非常に高い結晶化率を持っていること,粒子数が直径の約−3.5乗に比例して減る,べき乗分布を持っていることなどが分かりました。いずれもテンペル第1彗星が属する短周期彗星の従来の観測結果とは大きく異なっており,逆に長周期彗星の観測結果と酷似していました。論文発表の段階になってみると,ジェミニ望遠鏡のグループも独立に同じ結論に達していました。この結果は,すばる望遠鏡とジェミニ望遠鏡で同時に独立に得られたわけですから,非常に確度の高い結果だといえます。一方のケック望遠鏡からも,これまで長周期彗星でしか見つからなかった有機分子種が,衝突直後に観測されるという報告がもたらされました。これも,短周期彗星であるテンペル第1彗星の内部物質と一般的な長周期彗星の構成物質が非常に似通っているという我々の観測結果を支持しています。



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