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宇宙科学の最前線

広大な宇宙に広がる小さな固体粒子を究める

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 宇宙空間には,星間ガスと呼ばれる気体と一緒に,1ミクロンより小さな固体の微粒子がたくさん浮遊していることが知られている。彼らは,“星間塵”あるいはダストと呼ばれる,宇宙の塵である。この“ダストさん”たちは,星からの光を散乱したり吸収したりして遮るため,紫外・可視の天体観測では非常に煩わしい存在であり,どんなダストがどれだけ宇宙空間に浮遊しているかを知ることは,遠方の星や銀河の性質を正しく理解するために極めて大事な問題である。また,ダストは星間空間のエネルギー収支に大きな影響を与えるとともに,表面反応などを通じて星間空間の物質進化にも抜き差しならぬ役割を果たしている。出来たての銀河は,ダストに埋もれているかもしれない。また,我々が住む地球は,もともとはこれらの塵が積もって山となって出来上がったものだと考えられている。

 このように,ダストは我々の“起源”にも密接なつながりを持ち,宇宙空間のさまざまな現象に必ずといってよいほど付きまとっている重要な存在である。その正体を知ることは,さまざまな宇宙空間での出来事を理解する上で大きな意義がある。幸か不幸か,このダストの性質や特徴を表すスペクトルは可視域にはほとんどなく,重要なスペクトルバンドは地上から観測できない紫外線か赤外線域に集中して存在する。そのため,ダストについての主な情報は,大気圏外からの観測データから得られてきた。特に赤外線では,吸収した星からの光をダストが熱放射する。この熱放射光は,空いっぱいに広がって淡く光っているため,大気からの放射の強い地上望遠鏡では観測できない。その観測には背景放射を抑えた宇宙空間からの“冷却”望遠鏡が必須であり,ダストの研究には宇宙空間からの観測が重要な役割を果たすのである。

 ダストは,宇宙空間に存在する固体になりやすく量の多い元素の組み合わせから,炭のような炭素質のものと,石ころのようなケイ酸塩的なものが主成分だと思われている。しかし,本当にどんなものがどれだけあるかは,いまだにはっきりしていない。ダストの正体を明かすことは,現代天文学の大きな課題である。特に,いろいろなダストが宇宙空間のどこで生まれ,どのように育っていくのかを探ることは,これからの宇宙観測の非常に大きなテーマの一つである。



赤外線衛星観測が示唆した超微粒子ダスト

 まず,炭と石ころのようなダストがあるとすると,エネルギー収支から,宇宙空間では20K程度の温度に落ち着くと期待される。従って,熱放射のピークは,波長100ミクロンより長い遠赤外線にくる。1983年に打ち上げられた世界初の赤外線天文衛星IRASは,予想された遠赤外域の熱放射成分に加えて,拡散放射光の中間赤外線に非常に大きな超過成分を検出した。この現象は,1989年に打ち上げられたCOBE衛星の観測でも確認された(図1)。この驚くべき事実は,実は程度の差こそあれ,それ以前の研究で予想されていた現象であった。すなわち,10ナノメートルあるいはそれより小さいダストを考えると,熱容量が吸収する光子のエネルギーよりずっと小さくなることが簡単な計算から分かる。こんな小さなダストがあると,1個の光子を吸収するたびに温度が跳ね上がって短い波長に熱放射されることになり,観測された超過成分が説明できる。予期せぬ出来事は,このような“超”微小なダストがいっぱいあったことである。


図1
図1 我々の銀河系からの赤外線拡散光のスペクトル。黒丸はCOBE衛星のデータ。破線は,通常のダストから期待される熱放射を示す。10〜60ミクロンの点線は,超微粒子による超過成分を示す。5〜12ミクロンのスペクトルは,衛星搭載赤外線観測装置IRTSの観測による。PAH構造を持つ物質からのバンド構造が見られる。5ミクロンより短い波長の放射は,ほとんどが暗い星からの光である。


 さらに,1995年に打ち上げられた日本初の衛星搭載赤外線観測装置IRTSや,ヨーロッパの赤外線衛星天文台ISOのスペクトル観測により,6から12ミクロンにかけての超過成分はなだらかなものではなく,6.2,7.7,8.6,11.3ミクロンにバンド構造を持つことが分かった(図1)。このバンドは,ベンゼン環を多数持つ多環式芳香族炭化水素(Poly-cyclic Aromatic Hydrocarbon:通常PAHと呼ぶ)と呼ばれる分子の一群に共通の特徴であり,炭化水素の小さなダストが宇宙空間にいっぱい存在することが示唆された。しかし,PAHというのはあくまでも分子の総称であり,個々の分子のスペクトルは非常に細かなバンド構造を持っている。一方,観測されるバンドには,分子に見られる細かな構造はない。いろいろな分子からの放射が重なって観測されていると解釈することもできるが,銀河系内で観測されるバンド構造は大きな変化が見られない。このことは,バンドがより安定した物質から放射されていることを示唆し,多くの分子の重ね合わせとする考えに,ややもすると疑問符を投げ掛ける。PAHの構造を含む,より安定な炭化水素の物質が宇宙空間に存在するのかもしれない。

 IRTSのデータを詳細に解析した最近の研究で,バンド構造の変化や,バンド強度と遠赤外線放射との相関の変化が,初めて銀河系内で明らかになった。この結果は,ダストの出自や消滅の原因を探る貴重なデータとなる。今,稼働中のSpitzer宇宙望遠鏡では,ISOで確認された16から18ミクロンにある関連するバンドを多くの天体で検出しており,このダストの性質を詳細に解明することが期待される。楕円銀河のような年老いた星が多い特殊(?)な環境では,ずいぶんと違ったバンド構造が見られることも分かってきた。2006年打上げ予定のASTRO-Fは,IRTSの成果を発展させ,銀河系のさまざまな領域や近くの銀河に対して,このダストからの放射の変化を観測的に明らかにし,その起源を解明することが期待される。



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