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宇宙科学の最前線

無容器浮遊と過冷却の科学

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無容器浮遊のメリット

 無容器浮遊では,容器の方が先に溶けてしまうような高温の液体を取り扱うことが可能となります。次に,容器から不純物が溶け込んだりしないので,液体試料の純度を保つことができます。さらに,試料を容易に「過冷却状態」に保持することが可能になります。

図2
図2 液体試料の冷却


 図2は,液体を冷やしていったときの温度の時間変化を示したものです。容器がある場合,液体試料は融点に達すると容器壁から「核」が発生して,凝固を開始します。凝固が終了するまでは凝固潜熱により一定の温度に保たれ,固体になった後再び温度が下がっていきます。一方容器がない場合は,凝固の開始となる核がなかなかできないため,融点以下になっても液体状態(過冷却状態)のまま,温度が降下していきます。厳密にいうと,容器を用いた場合でも若干の過冷却状態は得られるのですが,その過冷却の度合いは非常に小さいものです。一方,無容器の場合は,融点以下100℃に達する過冷却が容易に達成されます。さて,過冷却液体の温度を下げ続けると,通常は核が発生して固体になります。この際,凝固潜熱の放出により試料の温度が急に上昇する復熱現象が見られます。まれに過冷却液体がそのままガラス化してしまうこともありますが,いずれにしても大きな過冷却状態を長時間にわたって得られるのが,無容器浮遊の大きな特徴です。


静電浮遊法を用いた高融点金属の熱物性計測

 物質が持つさまざまな性質を数値で表したものを物性値といいます。密度や比熱,熱伝導率などが代表的なものです。水の物性値は一般によく知られていて,水の密度が約1g/cm3であることや,比熱が1cal/gKであることなど,ご存じのことと思います。金属も固体状態の物性値はよく調べられていて,『理科年表』にまとめられています。しかし,液体状態の金属となると,様子が違ってきます。融点が1000℃を超える金属あたりから測定データの数は少なくなり,また測定値のばらつきが大きくなってきます。これは,容器と液体金属試料が反応してしまうことが大きな原因です。鉄やニッケル(これらの融点は約1500℃)といった実用的な材料についてさえも,液体状態の物性値の精度は水に比較して1桁以上悪いのが現状です。実用的な金属・合金や半導体の液体状態の密度や比熱,粘性係数などの物性値は,半導体単結晶の引き上げや,鋳造・溶接といった製造プロセスの条件を決める上で重要な基礎データです。近年コンピュータシミュレーションを用いて鋳型の設計が可能となってきましたが,シミュレーションに用いられる数学モデルの進歩に比べて物性値の精度向上が追い付いていません。さらに高温の2000℃以上や3000℃以上の融点を持つ金属については,こうした温度に耐える適切な容器がほとんどないので,測定例もほとんどありません。

 無容器浮遊を用いれば容器の問題がないので,従来の方法では測定が困難な高温液体の物性値を求めることが可能です。また,過冷却液体の物性値も得られます。静電浮遊法では浮遊に伴う試料の変形がなく,地上でも液体状態の試料は球形になるので,試料の画像解析から容易に体積を求めることができ,密度の算出ができます。また,試料液滴に振動を加え,その振動の周波数や減衰から試料の表面張力や粘性係数が求められます。図3にタングステンの測定結果を示します。タングステンは約3420℃という最も高い融点を持つ金属で,物性測定の例はほとんどありません。特に粘性係数は,これまでまったくデータがありませんでした。静電浮遊法による地上研究の結果,2000℃以上の融点を持つ金属元素の大半について,これらの物性値を測定することができました。


図3
図3 静電浮遊法によるタングステンの密度と粘性係数の測定


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