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宇宙科学の最前線

宇宙科学の最前線 磁気圏ダイナミクスの新しい見方

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磁気圏という宇宙空間

宇宙空間といえば,「そこは真空である」というのが,まず頭に浮かぶイメージではないでしょうか。実際,地表からどんどん高度を上げていくと,空気はどんどん薄くなっていきます。そして,地上100km付近では,地上でわれわれが普段接している空気とは異なる状態にあるガス――ガスを構成する原子・分子がイオンと電子に分かれた電離ガス(プラズマ)――が出現し始めます。この電離ガスは,地球大気が太陽光を受けて電離したもので,さらに高度を上げると密度は下がり続け,地上300kmより上では,もともとは太陽から吹き出した超希薄な電離ガスが次第に卓越するようになります。

ここから先に進むのに,太陽を出発点とした視点に移りましょう。太陽大気は100万度もの高温のため電離した状態にあり,また,その高温のために太陽重力で束縛されずに太陽から外に向かってどんどん吹き出しています(太陽風)。地球は,この太陽風で満たされている太陽系空間に浮かんでいるわけですが,地球の場合は固有磁場を持っているため,プラズマの流れである太陽風はこの磁場に衝突し,磁気圏という空間を作り出します。地上300kmより上に広がる宇宙空間は,このようにして形成されるプラズマの世界です。そこでのガス密度は,1cm3当たりにガス粒子(イオン,電子)がせいぜい10個存在する程度です。地表面の空気より18桁も密度が低いので,「真空だ」という第一印象は必ずしも間違っていないと思われます。ですが,希薄でも実はプラズマが存在することから,そこでは例えば,極域の夜空を彩るオーロラの乱舞といったものに反映されるようなダイナミックな現象が展開しています。さらに,希薄であるからこそ,「無衝突過程」という地上での常識が通用しない物理過程がダイナミクスを支配している,という興味深い世界です。

宇宙のほとんどは希薄なプラズマで満たされています。その意味で,磁気圏は典型的な宇宙空間の一つであるといえるでしょう。その一方,磁気圏は地球周辺の宇宙空間であるが故に,科学衛星による「その場」での観測が可能な唯一の宇宙空間でもあります。宇宙空間プラズマを支配する仕組みが地上での常識と異なることから,「その場」観測による宇宙プラズマ理論の詳細な実証は必須であり,そのような普遍的価値を持つ研究の機会を磁気圏は与えている,と言ってもいいでしょう。また,今後人類がますます宇宙進出するであろうことを考えれば,磁気圏は人類が活動する空間でもあるわけで,その際に悪影響を与え得る磁気圏プラズマの活動的現象は,天気予報をするかのように事前に予測(宇宙天気予報)されている必要があるでしょう。これらは,科学衛星観測による実証を伴いながら,磁気圏・宇宙プラズマ物理の理解を発展させていくことの意義の大きさを示しています。

電磁流体力学(MHD)からスケール間結合へ

われわれは,基本的には宇宙空間における大規模でダイナミックな現象に興味があります。現象の空間スケールが大きいのであれば,電磁流体力学(MHD)は十分に正しく現象を再現する,というのが従来までの常識でした。MHDとは,通常の流体力学の運動方程式に磁場によってプラズマガスに加えられる力を加味し,さらに磁力線がプラズマガスとともに動いて変形する(「凍結の原理」)という磁場の時間発展を規定する式を加えたものです。この近似体系は,「凍結の原理」によって磁力線の変化がイメージしやすい,大変便利なものです。分かりやすさという点ではかなり完成度が高く,「これで全部OKです」と言えたらどんなに楽だろうかと思います。「でも実は……」というのがこの記事の趣旨です。

さて,MHDに従えば,以下のような磁気圏の描像が得られます(図1)。太陽風が地球の双極子磁場と衝突するので,昼側では双極子状の磁力線が少しつぶれた形状となっています。一方,夜側では太陽風との相互作用の結果,磁力線が引き伸ばされた形状となっています。引き伸ばされた磁力線とは,反対向きの磁力線が電流層を挟んで向き合っている状態でもあります。この磁気圏尾部電流層は,しばしば薄くなるのですが,そのとき内部で爆発現象が起きます。それが,磁気圏活動の主要な源です。

図1磁気圏
図1磁気圏

上では「相互作用」や「爆発現象」と,ややあいまいな表現をしました。ここでは詳細には立ち入らず,これらにおいて「磁気リコネクション」が重要な役割を果たしていることだけを指摘しておきます。磁気リコネクションとは,互いに向き合った反対向きの磁力線がつなぎ替わるという現象で,磁力線のトポロジーを変えるという意味,そして磁場という形で蓄えられていたエネルギーをプラズマの熱・運動エネルギーに解放するという意味で,宇宙プラズマにおいて最も重要な現象の一つです(図1)。そして,この磁気リコネクションに代表される宇宙プラズマにおけるダイナミックな現象は,たとえそれが全体としては大規模なものであっても,実はMHDだけでは不十分にしか再現できない,という問題点があるのです。

MHDという近似体系の範囲内で磁気リコネクションを取り扱おうとすると,非理想的な電気抵抗というものを導入する必要があります。電気抵抗は地上においては当たり前の概念ですので,そこに何の問題があるのかと思われるかもしれません。しかし,宇宙プラズマにおいては,地上では当たり前である電気抵抗の起源となる粒子同士の衝突がありません(無衝突プラズマ)。つまり,電気抵抗と同様な効果が地上とは異なる過程で発生して,それが磁気リコネクションを引き起こすのです。その過程においては,MHDでは無視してしまっているイオンスケール,さらには電子スケールといった微細スケールのダイナミクスが,重要な関与をしているのです。つまり,磁気リコネクションを真に理解しようとすれば,地上の常識を外挿して電気抵抗を想定するのではなく,MHDスケールからイオン・電子スケールまでスケールの異なるダイナミクスの連係の中で,結果として電気抵抗と同様な効果が現れる仕組みを把握する必要があります。この視座の転換の有効性は,あらゆる大規模でダイナミックな宇宙プラズマ現象において主張することができ,この考え方を「スケール間結合」と呼びます。そして,これを定式化するということは,時空スケールが何桁も異なるモジュールを連動させて考えるという,大変チャレンジングなものです。しかし以下に述べるように,今後,新規開発していく次世代観測機器による実証と,発展を続ける大規模プラズマ粒子シミュレーションの成果を有機的に組み合わせることで,可能になることだと考えます。


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