JAXA宇宙科学研究所は、国立大学法人佐賀大学(以下、「佐賀大学」。佐賀県佐賀市本庄町1番地)と独立行政法人国立高等専門学校機構呉工業高等専門学校(以下、「呉高専」。本部:広島県呉市阿賀南2丁目2番11号)と、文部科学省「宇宙開発利用加速化戦略プログラム」の委託により、「ダイヤモンド半導体デバイスの宇宙通信向けマイクロ波電力増幅デバイスの開発」を2023年度から5年間の予定で開始します。

【研究責任者】
冨木 淳史 宇宙科学研究所宇宙機応用工学研究系准教授

研究概要

放送用送信機、各種レーダー送信機、衛星通信用送信機は、電力増幅素子に長らくクライストロンやTWT(進行波管)といった真空管が利用されてきましたが、近年、信頼性向上を目的とする、窒化ガリウム(GaN)素子を用いた増幅器の固体化が盛んに進められています。宇宙通信用の地上局送信機や衛星搭載中継器では、さらなる小型高効率化実現のために、マイクロ波帯での固体増幅素子の高出力化が強く望まれており、高い宇宙放射線耐性持つ半導体材料が必要とされています。

ダイヤモンド半導体の開発において、デバイス試作に欠かせない大口径ダイヤモンドウェハへの安定したドーピング技術が本学の成果により確立し、また世界で初めてダイヤモンドパワー半導体によるスイッチング素子の長時間の安定動作が確認されています。

この究極のダイヤモンド半導体技術を科学衛星に適用できれば、マイクロ波帯の送信出力が増大し、サイエンスデータの通信スループットを飛躍的に改善できます。また固体化により長期のミッション期間においてコンポーネントの信頼性向上が期待できます。さらに地上局送信設備の小型高効率化、高出力化によって、低コスト化や深宇宙探査機の超遠距離通信の性能改善にも寄与します。通信以外にも、イオンエンジンのプラズマ発生源といった推進系にも適用でき、打ち上げ能力や搭載リソース、機会といった厳しい制約のある宇宙探査において、搭載系と地上系の双方の性能改善・信頼性向上を両立する数少ないブレイクスルー技術の1つとなっています。

本事業では、文部科学省「宇宙開発利用加速化戦略プログラム」の委託により、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)(研究責任者:同宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系 准教授 冨木 淳史)を主管実施機関、国立大学法人佐賀大学と独立行政法人国立高等専門学校機構呉工業高等専門学校(研究責任者:同電気情報工学分野 准教授 江口 正徳)を共同参画機関として、5年間かけて宇宙向けの人工衛星搭載の送信用マイクロ波電力増幅デバイスを開発し、実用化を目指します。

この期間にダイヤモンド半導体デバイスを試作し、回路設計、電気特性評価を行います。前半の3年間ではダイヤモンドMOSFETチップの、ゲート電極をサブミクロン化し、マイクロ波帯周波数で動作可能なデバイスを開発します。また、チップをパッケージ化し、基板に実装してマイクロ波特性を測定するとともに、電力増幅回路を試作します。後半では信頼性および耐宇宙環境性の評価を実施し、最終的に搭載用固体増幅器の試作を行って、超小型衛星等の飛翔機会を活用し、宇宙実証を目指します。

佐賀大学および呉工業高等専門学校ではダイヤモンドを用いた宇宙用マイクロ波電力増幅デバイスの開発を実施し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、マイクロ波回路開発に関わる技術開発と搭載コンポーネント試作を担当します。

なお搭載コンポーネント試作を担当するJAXA宇宙科学研究所では、世界に先駆けてPROCYONEQUULEUSOMOTENASHIといった超小型探査機にGaN素子を送信機に使用した搭載通信機を開発、宇宙実証した実績があり、新規プロセスの半導体を宇宙利用するにあたって多くの知見を有しています。また、長野県佐久市に新設した美笹深宇宙探査用地上局においても、世界で初めて30kWX帯固体電力増幅装置の固体化を実現しており、本事業の開発にあたり、これまでの知見が生かされます。

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図1:ダイヤモンド半導体に期待されている高周波電力応用の領域

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図2:ダイヤモンド半導体と他の半導体の物性値の比較(佐賀大学)

<本研究開発の3つの特徴>

  • ダイヤモンド半導体デバイスによる、宇宙通信向けマイクロ波電力増幅デバイスを開発し、実用化を目指す。
  • ダイヤモンド半導体デバイスを使用した、搭載用マイクロ波帯固体増幅器の試作をおこない、超小型衛星等の飛翔機会を活用して、宇宙実証を目指す。
  • 宇宙用だけでなく、地上用アプリケーションのユーザーや商業化を担う民間企業とコミュニケーションを図りながら低コスト化・事業化の計画を検討する。

今後の展開

ダイヤモンドMOSFETチップの、ゲート電極をサブミクロン化し、マイクロ波帯周波数で動作可能なデバイスを開発します。また、チップをパッケージ化し、基板に実装してマイクロ波特性を測定するとともに、電力増幅回路を試作します。信頼性評価、及び宇宙環境での評価を実施して、搭載コンポーネントを開発することにより宇宙実証を目指します。

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図3:本研究開発課題のイメージ(佐賀大学)

用語解説

*1  窒化ガリウム(GaN)
窒化ガリウム(GaN)は、青色LEDのために開発された半導体で、シリコン(Si)半導体の3倍のバンドギャップエネルギーをもつことから、照明用途だけに止まらず、高出力で高周波のパワー半導体として研究開発が活発に行われています。JAXAは、窒化ガリウムの宇宙用半導体素子を、世界に先駆けて宇宙実証した実績があります。ダイヤモンドは、シリコン半導体の5倍のバンドギャップエネルギーを持ち、より高い周波数において、高出力の増幅素子を実現できると、予測されています。

*2  宇宙放射線
地球を取り巻く分厚い大気層に保護されない宇宙空間では、太陽や超新星爆発を起源とする高エネルギーの粒子線が飛び交っています。地球では、鉛1m分に相当する大気がシールドとなって軽減されますが、宇宙空間で運用される人工衛星に搭載された半導体デバイスは、強力な宇宙放射線によって誤動作を引き起こし、最悪の場合、回路に損傷を受け故障する可能性があります。ダイヤモンドは宇宙放射線に対して、最も耐性の高い半導体デバイスとして注目されています。

*3 MOSFET
MOS FETは、メタル(metal)―酸化物(oxide)―半導体(semiconductor) 電界効果トランジスタ(field effect transistor)の略です。佐賀大ではダイヤモンド半導体に最適な酸化物、ドーピングの独自技術を開発し、実用性能を示すダイヤモンドMOSFETを報告しています。

【研究開発課題の公表媒体(文部科学省HP)】
https://www.mext.go.jp/b_menu/boshu/detail/mext_00336.html