地球の夜側にある磁気圏には、プラズマシートと呼ばれる領域があります。日米共同ミッションGEOTAIL(※1)の観測などから、プラズマシートは月の軌道よりも遠くまで延びていることが知られていました。つまり、地球の周りを回っている月は、時折、プラズマシートの中を通過することがあります。

太陽風とジオスペース(JPG)

2008年、運用中だった月周回衛星「かぐや(SELENE)」(※2)は、プラズマシートを何度か通過しました。寺田健太郎教授(大阪大学)が率いる研究チームが、「かぐや」に搭載されたプラズマ観測装置(※3)のデータを解析したところ、「かぐや」がプラズマシートの中を通過したとき、O+(一価の陽イオン酸素)を検出していました。また、検出したO+は月の方向に向かって流れており、1から10keVと比較的高いエネルギーを持っていることがわかりました。

検出されたO+は地球の高層大気から流出されたものだと考えられます。プラズマシートの中には、太陽風(※4)を起源とするイオンと地球の高層大気から流出したイオンが含まれています。太陽風を起源とする酸素の陽イオンは、5価以上の陽イオンが主であることがこれまでの研究からわかっています。ですから、「かぐや」が検出したO+は地球の高層大気(ここでは、地球の引力が弱くなり、太陽風の影響で大気が流出し始める領域を指している)が起源だと考えられます。

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重要なことの一つに、O+が1から10keVという比較的高いエネルギーを持っていたことが挙げられます。このエネルギーのO+は月面の粒子に対して数10ナノメートルの深さに入り込むことが出来ます。地球由来のO+が月面の粒子に侵入できるのであれば、月面物質で測定されている複雑な特徴(例えば、酸素同位体比)を説明することにつながるのではないかと期待できます。
本研究は、地球の高層大気を起源とするO+が約38万km離れた月の表面にまで運ばれる可能性を観測的に示したことになります。

本研究成果は、2017年1月31日(日本時間)に英国科学雑誌 Nature Astronomyで公表されました。

※1 磁気圏尾部観測衛星 GEOTAIL:1992年7月24日に米国フロリダ州ケープカナベラルからデルタ-Ⅱロケットで打ち上げられた日米共同プロジェクトの衛星。磁気圏の高温プラズマの起源と加熱メカニズム、特に磁気圏尾部ではどのように磁場のエネルギーが変換され、イオンや電子の加速が行われているか、磁気圏尾部のプラズマはどのような起源をもち、どのように輸送されているかを調べることが目的だった。
この目的の達成のため、GEOTAILプロジェクトは特有の軌道計画がを実行した。1994年11月までの2年余りの期間は、月との2重スウィングバイ技術などを駆使し、遠地点が常に磁気圏尾部に来るように制御。地球半径の210倍までの広範な磁気圏尾部をくまなく探査した。その後、別の研究のため、遠地点を地球半径の30倍程度に下げて現在に至る。
搭載されている観測装置は、日米双方から合計7個(磁場計測装置、電場計測装置、2組(日米各1組)のプラズマ計測装置、2組(日米各1組)の高エネルギー粒子計測装置、プラズマ波動観測装置)。
参考:http://www.isas.jaxa.jp/missions/spacecraft/current/geotail.html

※2 月周回衛星「かぐや(SELENE)」:JAXAが2007年9月14日(日本時間)に打ち上げた月探査機。月の起源と進化の解明のための科学データを取得し、月周回軌道への投入や軌道姿勢制御技術の実証を行うことが目的だった。
「かぐや」は高度約100kmの極・円軌道を周回する主衛星と、より高い楕円軌道を周回する2機の子衛星(「おきな(リレー衛星)」・「おうな(VRAD(ブイラド)衛星)」)で構成。「かぐや」には14種類のミッション機器が搭載され、アポロ計画以来最大規模の本格的な月の探査を行った。
「おきな」は2009年2月12日に月の裏側に落下。「かぐや(主衛星)」も、2009年2月11日から低高度によりこれまで以上に詳細な月の観測運用を行い、2009年6月11日に月の表側に制御落下した。「かぐや」が取得したデータは膨大であり、解析は現在も続いている。また、一部のデータは公開され、世界中の研究者が利用している。

※3 プラズマ観測装置(PACE:Plasma energy Angle and Composition Experiment):月周回衛星「かぐや(SELENE)」に搭載された観測機器。現在の月の磁場・プラズマ環境を観測すると同時に、30から40億年前の月の磁場・プラズマ環境および月深部の進化を研究することを目的とした装置である。PACEは、4台の観測機器で構成されている。月の周りの電子を計測する電子分析器2台(ESA-S1とESA-S2)、太陽風イオンを計測する分析器1台(IEA)、そして月周辺のイオンを計測するイオン質量分析器1台(IMA)である。この4つの分析器により、電子やイオンのエネルギー、密度、速度、温度、質量などを測定することができる。
関連リンク:http://www.kaguya.jaxa.jp/ja/equipment/pace_j.htm

※4 太陽風:太陽風は、太陽から放出された高温の荷電粒子(プラズマ)の流れである。地球周辺で約450km/sの平均速度をもつ。太陽風の起源は太陽の光球からの高度が約2000kmより高いところにあるコロナである。コロナの温度は100万度以上もあり、原子は電子をはぎ取られて電離している。このくらい高温となると、酸素原子は電子を5個以上はぎとられ、5価以上の陽イオンとなる。

発表媒体

雑誌名:Nature Astronomy
論文タイトル:Biogenic terrestrial oxygen transported the Moon via Earth Wind
DOI: 10.1038/s41550-016-0026