小惑星カタログづくりは砂金採り

もともとは天文学の研究者だったそうですね。

はい。赤外線天文学と惑星科学、特に小惑星を専門にしていました。私たちの住む太陽系の成り立ちに関心があり、その中でも特に小惑星を長年研究してきました。

小惑星と言えば「Usui」という名前の小惑星があるそうですね。

小惑星(24984)1998 KQ42が「Usui 」と命名されています。赤外線天文衛星「あかり」による小惑星カタログを作成した成果が国際的に認められたもので、「Usui」という天体名がこの先もずっと残ると思うと感慨深いですね。

「あかり」による小惑星カタログとは?

「あかり」は全天をくまなく観測しました。その膨大なデータから、小惑星からの赤外線のシグナルを、砂金採りのように1個1個拾い集めていき、そこから小惑星の大きさを調べました(*1)。このカタログには5,120個の小惑星の大きさを掲載してあり、公開した2011年10月時点で世界最大の小惑星カタログでした。私は性格的に、こういう細かい作業に向いていたのかもしれません。

なぜ「あかり」で小惑星を観測するようになったのですか。

星が好きだったので、大学では天文学を学びたいなと、ぼんやり思っていました。サークルも天文部に入りました。大学院では一般相対性理論に取り組んだのですが、私には難しすぎました......。この先どうしようと悩んでいたころ、しし座流星群の観測に誘ってもらったのです。2001年、大出現の年でした。次々と出現する流星を一晩中観測していて、実際に観測することの楽しさ・面白さにあらためて気付いたのです。そして縁があって、宇宙研の研究員として「あかり」に携わることになりました。衛星開発中の2003年から2006年の打上げ、2011年の運用終了、その後のデータ解析まで、所属を変わりながらも「あかり」とずっと付き合ってきました。観測対象に小惑星を選んだのは、しし座流星群を観測したあの日の経験と無縁ではないと思います。

ほかにはどのような観測研究を?

「あかり」で小惑星の分光観測を行い、小惑星に水があるかどうかを調べました。小惑星に水と岩石が反応してできた含水鉱物があると、赤外線のスペクトルで特徴的なパターンが現れます。「あかり」で数多くの小惑星を観測し、特にC型小惑星の7割以上に含水鉱物があることを突き止めました。以前からC型小惑星は水に富むと考えられていましたが、それを初めて観測によって明らかにしたのです(*2)

宇宙科学プログラム室 主任研究開発員 臼井 文彦

プロジェクトマネジメントに教科書はない

2020年8月、再び宇宙研へ。どのような理由からですか。

小惑星の水についてさらに理解するには、100個、1,000個と観測数を増やす必要があります。しかし、そのような小惑星の観測ができる望遠鏡がないのです。赤外線は地球の大気で遮られてしまうので、望遠鏡を宇宙に打ち上げるしかない。そう考えていたときに、赤外線位置天文観測衛星JASMINE(ジャスミン)でプロジェクト業務を担う人材を募集していることを知りました。JASMINEでは小惑星の水の観測はできませんが、次々と望遠鏡を打ち上げる流れをつくることが重要だと考え、まずはJASMINEを実現しようと思い立ち、応募して採用して頂きました。

JASMINEとは?

JASMINEは星の位置を正確に測る、日本初の位置天文観測衛星です。可視光ではガスやちりに遮られてしまう天の川銀河の中心領域を赤外線で見通し、この方向にある恒星の距離や運動を世界で初めて非常に正確に測ります。ここから、太陽系が天の川銀河の中でどのような変遷を辿ってきたかを明らかにする手掛かりも得られると考えています。

プロジェクトマネジメントの仕事には慣れましたか。

2020年8月に着任して約3年。何をすべきかが、少しずつ分かってきたように思っています。天文学の研究では論文や教科書があって、それを読んで勉強ができます。プロジェクトマネジメントも一般的な教科書はありますし、資格も取りました。しかし、マネジメントはプロジェクトごとに違います。また、物言わぬ小惑星と違って、相手は「人」なので、そこが大変ですが、面白いところでもあります。プロジェクトマネジメントに一番大切なのは、コミュニケーションです。私は口下手で、どちらかというとコミュニケーションは苦手なのですが、意識して頑張っています。また、プロジェクトを進めるには自分で経験しないと分からないことも多いですが、JAXAにいらっしゃるさまざまな経験者の方々の話を聞いて、日々参考にしています。

今後どのようなことをやりたいとお考えですか。

まずはJASMINEを実現することが私の役目です。ただし、宇宙の多様な姿を捉えて理解するには、いろいろな特徴を持った望遠鏡をたくさん打ち上げなければいけません。その道筋を付けたい。「あかり」での経験から、世界に名だたる超大型の望遠鏡でなくても、創意工夫でやれることはまだまだたくさんあると確信しています。

【 ISASニュース 2023年7月号(No.508) 掲載 】