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IR2カメラ(1.74 µm)で撮影した金星夜面の下層雲(合成擬似カラー画像)
画像クレジット: JAXA / ISAS / DARTS / Damia Bouic

概要

金星探査機「あかつき」に搭載されたIR2カメラのデータから金星夜面の風速を詳細に測定した結果、下層雲にまで太陽加熱による熱潮汐の影響が及んでいる可能性が初めて示唆されました。さらに、過去のデータと組み合わせることで、北緯30度から南緯30度範囲における下層雲運動の長期変動を初めて明らかにし、最大〜30m/sもの風速変化があることがわかりました。金星の自転周期は数十年間に変化することが報告されています。このことから、太陽光による下層雲の加熱は数十年のタイムスケールでも変化することが考えられます。これらの結果は、金星大気のスーパーローテーションの仮説を立証する上で、重要なヒントとなるかもしれません。さらには金星大気の数値計算モデルを改良する上でも重要な観測データとなります。

本研究では、IR2のデータを元に大気下層での風速、それを導くために用いた下層雲に関するデータがデータベース化されました。作成されたデータベースは、世界中の研究者に対して公開されます。

本研究成果は、米国の天体物理学専門誌 Astrophysical Journal Supplement Series に掲載されます。

本文

金星は、厚さ20 kmにも及ぶ硫酸の雲で覆われた惑星です。そして二酸化炭素を主成分とする厚い大気を持つため、その温室効果によって地表付近は460度という高温になっています。さらにその大気は、金星のゆっくりとした自転(243日)を追い越すように高速で流れており(4日で1周)、「スーパーローテーション」と呼ばれています。スーパーローテーションがどのようなメカニズムで起こり、維持されているのか、その原因はわかっていません。

金星探査機「あかつき」は、この「スーパーローテーション」の謎を解明するため、異なる高さの大気の動きを観測し、3次元的な大気の流れを明らかにするために五つのカメラが搭載されています。観測波長が異なるカメラを用いると、高度が異なる雲の動きを観測できるのです。IR2カメラは、約2㎛の波長の赤外線で金星夜面を観測し、高度50km付近の雲の動きを調べることができます。

ハビエル・ペラルタ氏(JAXA)率いる国際共同研究チームは、IR2カメラによるデータを解析し、金星の下層雲のサーベイデータをまとめました。本研究成果は米国の天体物理学専門誌 Astrophysical Journal Supplement Series に掲載予定です。

研究を率いたペラルタ氏は「金星の高層雲の観測から、金星の大気循環には金星の地形が影響していることがわかりました。一方、下層雲のデータはスーパーローテーションのメカニズムを理解するヒントを与えてくれるはずです」と話します。

大気下層の雲と風に地表が影響を及ぼすか、決着はついていません。高度約70kmでは、上層の雲は安定した波動があり、地表の標高によって風のゆらぎが決まります。高度50-60kmでは安定した波動は見られません。「これまでの「あかつき」結果からでは地表が風に及ぼす影響はわかりませんでした。しかし、夜側で下層の風は太陽潮汐の影響を受けているようです。」

さらに、下層雲で調べた風速は約40年間の間に最大で30m/s変化していることがわかりました。金星の自転速度も変動していることが報告されていますが、両者の間に関係があるかは、今後の研究課題です。

ペラルタ氏は本成果について次のように述べています。「今回作成したデータベースには、2947件の風速測定の結果が含まれています。その経度、緯度、地方時や測定に使った雲の模様のサイズや明るさなどその他の付帯情報とともに、世界の研究者に提供されるのです。私たちはそのデータベースの中から、下層雲にまで太陽潮汐が及んでいる可能性を見つけることができましたが、まだまだ多くの発見が可能であると思います。世界の研究者にデータを使ってもらうことで、未知の現象が発見されたり既知の謎が解明されたりするなど、金星大気の研究が進んでほしいと願っています。」