概要

松本徹(まつもと とおる)率いる研究チームは、小惑星探査機「はやぶさ」が小惑星イトカワから回収し、地球に持ち帰った微粒子の表面模様を分析しました。その結果、40億年以上昔から現在に至るまでの歴史が刻まれていることを発見しました。

微粒子表面の模様はナノメートル程度の大きさしかありません。研究チームはX線マイクロトモグラフィー(X線CT)や走査型電子顕微鏡を用いて、微粒子表面の微細構造を観察しました。これまでは一種類しかないと考えられていた表面模様のパターンは、少なくとも4種類あることがわかりました。その中の一つは、イトカワ母天体に由来するものでした。小惑星イトカワは誕生時から現在の形状だったのではありません。形成時には現在の約40倍程度の大きさをもつ天体(イトカワ母天体)で、それが一度破壊され、その破片が集まった天体が小惑星イトカワだと考えられています。今回分析した微粒子のなかには、イトカワ母天体の時に作られたと考えられる模様が存在していました。

その他にも、太陽風に長時間さらされたために形成したとみられる模様や、粒子同士がこすれて摩耗した模様なども見つかりました。これらの模様は100万年から1000年のタイムスケールの表面進化を示しています。

これまで微粒子表面模様は一種類しかないと考えられていました。つまり本格的な研究は、未発達だったといえます。しかし、本研究により表面模様を分析する有効性が示されました。本研究の手法は貴重な微粒子を傷つけることなく、多くの情報を得ることができます。将来のサンプルリターンミッションで必須かつ最初に行う分析手法になるでしょう。

本研究成果は、学術専門誌「Geochimica et Cosmochimica Acta」に掲載されています。

「はやぶさ」が小惑星イトカワから回収した微粒子の電子顕微鏡写真

「はやぶさ」が小惑星イトカワから回収した微粒子の一つ © JAXA

詳細

研究チームは小惑星イトカワから回収した26個のレゴリス粒子をX線マイクロトモグラフィー(X線CT)と走査型電子顕微鏡(SEM)で観察しました。「通常、1チームが分析できる粒子数は1-2粒です。松本氏ら研究チームの分析手法は粒子を壊しません。それで、別の研究チームが分析する前に、分析させてもらったりして26粒を詳細に観察することができました」と地球外物質研究センター長の圦本尚義(ゆりもと ひさよし)氏は語ります。

「粒子の大きさは10―100マイクロメートルです。観察のためには、まず、粒子を直径5マイクロメートルのファイバーに固定することから始めます」と松本氏は説明します。X線CTを用いて、粒子の三次元形状と内部構造のデータを取得。次に粒子表面のマイクロからナノスケールの細かい模様を調べるためにSEMを用いて観察します。比較のために、イトカワに対応すると考えられる隕石種である普通コンドライトLL5の鉱物表面もSEMで観察しました。

電子顕微鏡で撮影されたイトカワ微粒子の表面に見られる4パターンの模様の写真

木微粒子表面で観察された模様、4パターン。© JAXA

松本氏は「この研究の前は、微粒子表面の模様は一種類だろうと考えられていました。しかし、実際観察して、幾何学的な同心円状のステップが段々と重なった模様や、自形と呼ばれる結晶形態が明瞭な結晶を見つけたときは、とても驚きました。結果として、4種類の模様に分類できることがわかりました」と語ります。

微粒子の表面に残されていたイトカワ母天体で形成された模様の写真

イトカワ母天体で形成した模様。(バーの長さは0.5マイクロメートルに対応)© JAXA

自形の鉱物は、岩石の隙間にさまざまな成分を溶かしたガスが入り込み、それが高温で結晶化したときに形成します。つまり、自形の鉱物があるということは天体(の一部)が高温になった時期があることを示しているのです。

ところが、イトカワ程度の大きさの天体では自形の鉱物が形成するほど高温にはなりません。小さいので内部から加熱されても表面から冷却する方が勝るからです。これまでの研究に基づき、イトカワは現在よりも40倍程度の大きさの天体が一度壊れ、その破片から形成した天体だと考えられています。

熱変成や天体衝突でイトカワ母天体が加熱したときに自形の鉱物が形成したと考えると、イトカワ微粒子の観察結果を説明できます。すなわち、イトカワ微粒子の表面には、40億年以上も昔に遡る、イトカワ母天体の記憶が残っていたことになります。

松本氏は続けます。「太陽風の影響を受けたとみられる模様や粒子同士がこすれて摩耗したためにできた模様など、微粒子表面にはイトカワの表層進化も刻まれていました。これらは、100万年くらい前から最近1000年間くらいの進化を示していると考えています。」

ブリスターと呼ばれる模様は太陽風の影響で形成します。太陽風が長時間、レゴリス表面に当たると、結晶構造が部分的に壊され,非結晶質となります。太陽風に含まれる水素イオンやヘリウムイオンは鉱物表面に入り込み、非結晶質となったレゴリスの部分で泡構造をつくります。この泡構造が結晶表面まで膨らむと、ブリスターとして観察されます。 太陽風などが当たることで、イトカワの色が変化する作用を宇宙風化と呼びます。ブリスターは微粒子が宇宙風化を受けていた証拠と言えます。

イトカワ微粒子の表面に残されていた宇宙風化で形成したブリスターの写真

宇宙風化で形成したブリスター(ぷつぷつとした模様)© JAXA

レゴリスがイトカワ表面で動けば、太陽風が別の面に当たることになります。この効果も観察されました。ブリスターは微粒子表面の表にも裏にも不均一に分布していたのです。

地球では、地震や風、雨などさまざまな理由で表面の岩石が動きます。一方、イトカワの場合、イトカワが惑星の近くを通過した際に受ける潮汐力やイトカワの自転速度の変化、粒子の静電浮遊などによっても粒子が動きます。また、天体が衝突すると粒子が壊されます。このようにして、宇宙風化を受けていない新鮮なレゴリス面が露出することになります。

イトカワ微粒子表面の摩耗の様子をうつした写真

微粒子表面の摩耗 © JAXA

観察されたブリスターの不均一な分布は、イトカワ表面の宇宙風化と若返りの歴史を示していたのです。

微粒子表面にブリスターが不均一に分布している様子を説明した図

微粒子表面にブリスターが不均一に分布している様子。赤~黄色部分にブリスターが分布している。 © JAXA

微粒子が動くと表面は摩耗します。CT画像で微粒子の断面をみると、鋭いエッジを持つケースから丸みを帯びたケースまで見つかりました。前者は比較的最近形成したレゴリスと考えられます。

「この分析方法は、貴重な微粒子を壊すことなく、数十億年から1000年程度昔まで天体の進化を調べることができることが最大の利点です。破壊を伴う分析を行う前に、X線CTやSEMで分析し、その結果を研究者が共有すれば、その後の別の手法で行う分析や研究にも役立つと考えています」と圦本氏は語ります。

「イトカワ微粒子の分析はもちろんですが、今後のサンプルリターンミッションでも、我々の手法は活用できます。ナノメートルスケールの模様を詳しく調べることで、太陽系の進化や惑星の形成について明らかにしたいと思っています」と松本氏はコメントしています。

記者説明会資料「微粒子表面の模様に残る小惑星イトカワの歴史」