川村太一氏(パリ地球物理研究所)・田中智准教授(宇宙航空研究開発機構)が率いる研究チームは、これまで震源が不明だった深発月震(月の地下900km前後を震源とする月の地震)60件のうち、新たに5件の震源決定に成功しました。

カギとなったのは、約40年前の米国アポロ計画で設置された月面重力計のデータでした。田中智准教授らの研究チームが所有、研究していたこのデータと、同じアポロ計画で設置された月震計のデータを組み合わせることによって、新たな震源決定につなげたのです。

新たな震源の一つは、月の裏側、過去に震源が特定された深発月震の中で最も観測点から遠くに位置するものの一つであることや、その月震波が非常に深い地点を伝わって来たことが明らかになりました。月震のデータは12,000件以上もある一方で、これまでに月の裏側で発生したと推測される深発月震は8つだけです。月の裏側の深発月震のデータを増やすことで、月の内部構造や月の表側、裏側での月震活動度の違いとその原因などについて研究が進むと期待されます。

本研究成果は、平成27年(2015)2月発行の米国惑星科学専門誌 Journal of Geophysical Research: Planets に掲載されました。

月震の震央分布と観測地点を月面の画像にプロットした図

図1 月震の震央分布と観測地点
△印はアポロ計画で月震計が設置された地点、大きい△印はアポロ17号の月面重力計が設置された地点、○印は震央で色は深さを表す。青枠○印は本研究で新たに明らかになった震央。月面画像は「かぐや」のデータを使用。

解説

惑星、衛星の期限や進化を考える上で内部構造は欠かすことのできない情報です。地殻の厚さ、核の大きさなどを定量的な見積もることによって、その天体の主な元素組成やどのように冷却したのかを推測することができるようになります。こういった情報は、その天体の起源や進化過程を明らかにするためのヒントを与えてくれるのです。

月はアポロ月震観測(注1)により地球以外で唯一、地震活動のネットワーク観測が行われた天体です。観測期間中に合計12000 件以上の月震イベントが観測され、月震波解析によって内部構造が推定されています。これまでの先行研究は、いずれも、月は厚さ約60km の地殻があることが示唆しています。また、地殻の内側は岩石でできた「マントル」と呼ばれる層、さらに内側に金属でできた「核」に大まかに分かれると考えられています。

1977年に終了したアポロによる月震の観測後、新しい月震データは取得されていませんが、計算機能力の向上や地震波解析技術の発展に伴い、研究が発展を続け、新たな知見も得られています。しかし、既存の月震観測データは少ない観測点数、月の表側にのみ設置された観測機器による小さな観測ネットワーク、 ノイズが大きい、という問題があります。

川村氏が率いる研究チームは、小さな観測ネットワークという問題を克服するため、アポロ17号の月面重力計を地震計として利用することにチャレンジしました(注2)。

まず、研究チームは、過去40年間にわたって眠っていた重力計データを月震データとして利用できるかどうか検討しました。具体的には、不具合が与える影響を見積もったり、他の月震計データとの比較を行ったりしました。その結果、重力計のデータは他の月震計の観測結果と整合性がとれていることを確認しました。重力計のデータは1Hzよりも高周波では他の月震計に匹敵する感度を持っており、他の月震計と同様に月震波を検出していることも確認できました(図2)。さらに、重力計のデータを加えた上で、震源位置を再決定したところ先行研究の結果と一致しました。まとめると重力計のデータを月震データとして利用できるということがわかりました。

重力計のデータを月震データとして使うことによって、観測点を増やすことができます。その結果、これまで震源位置が決定できなかった月震についても、震源を見積もることができるようになります。研究チームは、震源が未定だった60件の深発月震のデータを解析し、そのうちの5件で震源位置を決定することに成功しました。

驚いたことに、そのうちの1件は月の裏側で発生した深発月震だとわかりました。これまで、月の裏側での深発月震は8つしか特定されておらず、とても珍しい現象といえます。なぜ月の裏側で深発地震が少ないか、その原因はよくわかっていません。もともと月の表側と裏側で深発月震の活動性が違うという可能性、もしくは月の内部に月震波の伝搬を阻害する層があるために表側の観測点に届かないという可能性などが指摘されています。これまで震源が特定されている月の裏側で起こった月震のデータと今回震源が特定された月震データを詳細に解析することで、月の裏側の月震活動の研究が進むと期待できます。

重力計で観測された月震波シグナルの波形

図2 重力計で観測された月震波シグナルの波形
震動の周波数(上グラフ)と振幅(下グラフ)ともに検出されている。過去のデータでは震源が決まっていなかった深発月震の震源を決定することができた。

注1 アポロ月震観測
月は常に同じ面を地球に向けており、地球から見える面を表側、見えない面を裏側と呼んでいる。アポロ12、14、15、16号には地震計が搭載されていた。運用の制約などの理由で月震計はすべて月の表側に設置され、4 点の観測ネットワークを構成した。月震観測は1969年から1977年まで行われた。アポロ11号も地震計を搭載していたが観測が3週間で終了してしまったため、ネットワークの観測には寄与していない。


注2 アポロ17号の月面重力計
アポロ17号が設置した月面重力計は、もともと相対性理論で予測された重力波の検出が目的だった。しかし、月面で不具合が発生したため、設計通りの性能を発揮することができず、重力波に関する有意義なデータを得ることはできなかった。一方で、重力計を地震計として利用するというアイディアも提 案されていた。しかし、地震観測を目的とした観測機器ではなかったことや、不具合が発生したこともあり、取得されたデータは解析されないままだった。

解説資料

Lunar Surface Gravimeter as a Lunar Seismometer: Investigation of a New Source of Seismic Information on the Moon (アポロ17号月面重力計Lunar Surface Gravimeter の月震学への応用)