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のぞみ

世界の惑星探査の未来のために
──日本初の惑星探査機「のぞみ」が遺したもの──

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 1998年7月4日に地球を後にし、5年余にわたって27万人の人々の名前とともに太陽系空間を旅した「のぞみ」は、チームの健闘もむなしく、2003年12月9日(火)午後8時30分の時点で不具合の箇所を修復することができなかったことを確認し、火星周回軌道への投入を断念せざるを得なくなりました。そこで、同日午後8時45分から9時23分まで、火星への衝突確率を下げるための軌道変更のコマンドを打ちました。その結果「のぞみ」は、12月14日に火星の表面から約1000kmのところを通過し、12月16日には火星の重力圏を脱出して、再び太陽を中心とする軌道上の旅を続けることになりました。
 この5年間、日本で初めての惑星探査機にふさわしくさまざまな困難に遭遇しながら、チームの知恵と頑張りで数々の難関を乗り越えてきた「のぞみ」は、今一歩のところで及びませんでした。
 日本初の惑星探査であった「のぞみ」が、X線天文学や宇宙プラズマ物理学ほどの成熟を示すことが難しいことは当然としても、この5年間の「のぞみ」チームの苦闘が遺した教訓を今後の惑星探査に最大限生かすことが、国民から科学・技術の現場を預かっているグループの努めであると考えます。謙虚に冷静にこれまでの足取りを振り返ることによってこそ、活路は開けます。天体物理学関係の業績に劣らない世界の惑星探査への寄与をなしとげるには、これまで30数機の火星探査機を送って20機が失敗している米ソの経験も含め、「過去から学ぶ」以外に道はないのです。
 よかった点に依拠し、うまく行かなかった点を克服していくこと──懺悔でもなく自虐でもない、前向きの総括を行っていくことがわれわれの責務です。

1.工学上のはなし

 地球の重力圏を脱して惑星間空間に出た日本の探査機は、これまでに4機あります。最初は1985年に打ち上げたハレー彗星探査機「さきがけ」「すいせい」です。そして「のぞみ」。最新は2003年5月に旅立った小惑星探査機「はやぶさ」です。その中で、惑星そのものをターゲットにしたのは「のぞみ」だけです。
 限られた人員と予算、厳しいスケジュールという制約のもとで、惑星探査という未知の課題に挑戦し、世界の誰も覗いていない秘密を解き明かすことは無上の楽しみでもあるが、また最終的には軌道上で確認・実証しなければならない数々の技術がありました。
 まずミッション解析。多くの条件に縛られながら無数の工学技術を総合的にトレードオフして、最大の成果を狙う最適のシナリオを作成する仕事は、「のぞみ」の経験によって一段と強化されました。
 そして月や地球などの天体を使ったスウィングバイ技術を核とする軌道の設計・運用技術も、 1990年打上げの「ひてん」の経験に加えて、しっかりとした技術的基礎を確立することができました。この「軌道・ミッション」チームが、1998年の地球スウィングバイに伴って生じた燃料不足という不具合に当たって、新たな軌道計画、ミッション計画を年末年始返上で探し出した際に示した英雄的な献身と優れた頭脳は、日本の宇宙科学陣をどんなに勇気づけたことでしょう。

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 次に軌道を精密に決定する技術。地上から発した電波と探査機からの返答を用いて、視線方向の距離、速度データを収集し、精密な力学モデルによって深宇宙探査機の軌道を精密に決定する技術において、確実な技術を身につけ習練を積みました。
 自律化技術。探査機までの距離は遠く、時には電波で20分もかかる距離にいる探査機と会話しなければならない場合もあります。ですから、できるだけ探査機には、搭載したコンピューターによって自律的に判断ができるよう工夫する知能化の技術を大幅に適用しなければならなりません。この目的を一定程度達成できた「のぞみ」の経験は、「はやぶさ」に至って、非常に高度な自律性を持たせる技術として存分に生かされました。
 最大3億7000万kmにもおよぶ超遠距離の通信を実現するための通信機器技術と運用技術において、多くの実践経験を積み上げることができました。長野県臼田町にある直径64mの巨大アンテナの運用は、いまや磐石です。

臼田64mアンテナ

 搭載機器の軽量化においても大きな成果がありました。惑星探査機は、地球周回衛星に比べて格段に大きな打上げエネルギーが必要なので、エレクトロニクス、電池、アンテナ、太陽電池、推進系を含む全ての搭載機器を極度に軽量化する技術が要求されます。設計技術には常に反省すべきところは多いですが、「のぞみ」では厳しい軽量化を見事に乗り越えました。

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 図らずも長期の巡航フェーズを含むことになり、複雑な制約条件下で安全な運用を続けることになった「のぞみ」では、地上支援のために必要なソフトウエアを大いに人工知能化しなければならなりませんでした。この経験から多くの貴重な教訓がもたらされました。
 このように、「はやぶさ」をはじめとして今後の惑星探査に大きな足跡を残した反面、深刻に反省すべき第一の点は、アメリカのマーズ・オブザーバーの苦い経験から学んで制御エンジンに装備したバルブ(弁)が逆効果となったことです。燃料・酸化剤タンクに圧力を加えるガスの供給路にある逆流防止弁の下流に、念のために取り付けた遮断弁が半開きになったことが、「のぞみ」の苦しみの始まりとなりました。「他山の石」というのは使いにくいものです。アメリカから学んだはずが、なくてもがなの冗長系を加える結果になったのでしょうか。その際のオペレーションのあり方とともに、慎重な検討が待たれます。
 次に、太陽風粒子の直撃を受けた後にショートを起こした回路の問題がありました。大規模な太陽フレアによって起きる衛星機器の不具合は後を絶ちません。最近の太陽面での爆発では世界の衛星が少なくとも十数機はやられています。われわれの基本的な態度としては、「国際的な水準である」と言って済まさず、日本が先駆けて解決の方途を示す雄々しさが望まれます。
 この点に関しては二つの反省点があります。
 一つは、ショートした回路にコマンドを送ると、過大電流が流れてブレーカーが働き、一瞬のうちに電流が切れてしまうという設計になっていたことです。しかし考えてみると、このブレーカーは元来回路を保護するためにつけてあったものであり、これも「よかれ」と思ったことが裏目に出たということになりました。あらゆる事態を想定することは不可能でも、慎重を期したことが逆効果になる場合は、バルブ(弁)のことでもブレーカーのことでも、ありうるのです。これまでも世界の宇宙ミッションには、このような無数の「逆効果」がありました。今回のブレーカーの教訓を生かす道は一つではないでしょうが、今後の探査機設計について賢くなったことのうちの一つでしょう。
 第二は、この回路がテレメーターの変調と制御燃料用ヒーターの両方を司る設計になっていたことです。軽量化という至上命題もあったでしょうが、せめてどちらか一つでも機能が活きていれば、活路は見出されたかも知れません。これは徹底した議論が必要となるポイントでしょう。

 日本初の惑星探査機として、「のぞみ」は宇宙工学の面で数多くの足場を残してくれました。反省点をしっかり踏まえて、日本の今後の太陽系探査に全面的に活かしていきたいと思います。

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