分離カメラで撮影されたIKAROS本体の写真を見ると、太陽電池セルがIKAROS本体上面のパネルに貼られていることが分かります。でも、よく見てみると、セルはびっしり貼られているのではなく、隙間が結構あることが分かります。一般的な探査機や衛星は、本体とは独立した太陽電池パネルを持っており、太陽電池パネルの熱は、太陽と反対側のパネル裏面から逃がすことができます。これにより太陽電池パネルが著しく高温になることはありません。そのため、太陽電池セルをびっしり貼り付けることができます。一方で、IKAROSは太陽電池パネルの裏には本体があり、さらに本体と太陽電池パネルの間は断熱するような構造となっているため、太陽電池パネルの熱を裏面に逃がすことができません。そのため、表面から熱を逃がすように、放熱性の良いOSR(Optical Solar Reflector)と太陽電池セルを混在させ、太陽電池パネルの温度が上がり過ぎることを防いでいます。

図1 太陽電池セル

図1 太陽電池セル

このように熱をうまく逃がすことが熱設計のポイントです(どんな衛星・探査機もですが)。太陽電池パネルだけでなく、本体についても同様です。IKAROSでは本体内部の熱の流れを極力シンプルにし、本体の裏面(反太陽側)を放熱面として、そこに探査機外部から入ってきた熱や探査機内部で発生した熱を逃がすような設計としています。逃げる熱の量は、放熱面の大きさに依存します。当然、放熱面を広くすると熱が多く逃げるためIKAROS全体の温度が低くなり、逆に狭くするとIKAROSの温度は高くなります。ミッション期間中の太陽距離の変化や姿勢の変化を考慮して、うまい具合に放熱面の面積を決定することが、熱設計の最も大事なこととなります。

放熱面の面積をうまく設定したからといって、温度がずっと均一であるわけではありません。なるべく温度変化が小さいように設計していますが、当然、太陽からの距離や姿勢によってIKAROSの温度は変わります。そのため、主要な機器やバッテリ、推進系などはヒータで温度を積極的に制御しています。ヒータのON/OFFは温度計で温度を計測しながら行っているのですが、すべてのヒータが同時にONになってしまうと、発生電力が小さいIKAROSでは電源供給ができなくなります。そのため、ヒータ電力のピークを極力抑える必要があります。つまり、一度に多くのヒータがONしないように、ONしてよい時間を各ヒータに適切に配分するような制御を行うわけです。

図2 ヒータ電力を均等化したヒータON許可テーブル

図2 ヒータ電力を均等化したヒータON許可テーブル

通常、このような制御は専用のコンピュータで行います。「はやぶさ2」などでも専用のコンピュータにより、瞬時のヒータ電力を設定値以下にするような制御が行われています。一方でIKAROSは、ご存知の通り低コストミッションなので、専用のヒータ制御用コンピュータは持っていません。そのため、テレメトリとコマンドの処理を行うメインコンピュータ(DHU)がON許可のテーブルに従い、ヒータのスイッチに対してON許可のコマンドを発行するという変わった方式を採りました。

この方法では、事前にヒータON許可テーブルを人の手で作成する必要があります。これは、たくさんの種類の積み木が与えられたときに、それらをすべて使って高さがほぼ等しくなるタワーを複数つくる作業に似ています。極端に高いタワーをつくってしまうと、ヒータの瞬時電力が大きくなってしまうので好ましくありません。IKAROSでは、ヒータが27chで50 のヒータON許可コマンドを使用していました。これは、27種類の800 個近い積み木を使って、高さのほぼ等しいタワーを50 本作製するような作業に相当します。最初は人の手でこのヒータON許可テーブルを作成しており、何日もかかるような大変な作業でした。そこで、面倒くさがり屋の私は、こっそり「自動テーブル作成プログラム」を作成しました。これは、高いタワーから低いタワーに積み木を移していくような作業を繰り返し行うもので、人の手で何日もかかるような作業を1秒程度で終わらせることができました。これを打上げ直後に使うことになるとは思ってもいませんでしたが。

というのは、IKAROSの運用が打上げ直後にいきなり試練を迎えたからです。最初の運用でIKAROSからの電波を受信して各部の温度を確認したところ、軒並み低かったのです。これは放熱面の面積の見積もりが甘く、大き過ぎたことから、IKAROS 全体が冷えてしまったためでした。これには非常に慌てました。対策は、ヒータ電力を増やすことしかありません。すぐにIKAROSの発生電力の実力値を推定し、余剰電力はすべてヒータに回すようにヒータON許可テーブルの更新を試みました。ここで役に立ったのが前述の、こっそりつくったプログラムでした。私はすぐにプログラムを使用して新しいヒータON許可テーブルを作成し、それをIKAROSに送信した結果、IKAROSの温度は上がっていったのです。

いきなりの難所を無事越えたIKAROSは、その後、世界初の惑星間ソーラーセイルになることができました。こんなこともあろうかと準備していたものが役に立ち、非常にホッとした出来事でした。

IKAROS運用室での記念撮影

IKAROS運用室での記念撮影

(さいき・たかなお)