地球を周回する人工衛星と異なり、深宇宙探査機では燃料の節約が大きな課題となります。例えば「あかつき」では、全体重量500kgのうちガスジェットの燃料は200kgになります。そこで「はやぶさ」では、ガスジェットより10倍も燃費の良いイオンエンジンを開発して搭載しました。この優れたエンジンのおかげで、「はやぶさ」は世界で初めて小惑星サンプルリターンを実現できたのです。実は、イオンエンジンを上回る究極の燃費のエンジンがあります。それがソーラーセイルです。ソーラーセイルは、太陽の光さえあれば燃料なしで推進力を得ることができるため、夢の宇宙帆船とも呼ばれます。

しかし、太陽から遠く離れるほど光が弱くなるため、ソーラーセイルで得られる推力は小さくなります。また、イオンエンジンを駆動するための電力を確保することも難しくなります。そこで、新たに日本が考案したのがソーラー電力セイルで、セイルに薄膜太陽電池を貼り付けることで大電力も得るというものです。この電力で高性能なイオンエンジンを駆動すれば、ソーラーセイルと合わせたハイブリッド推進となり、外惑星領域でかつてないほどの加速量を得ることができるはずです。

私たちはこのコンセプトを踏まえ、2003年に木星圏探査計画を提案しましたが、あまりにも野心的すぎるという懸念を払拭できず、採用されませんでした。代わって木星圏探査計画に向けた実験機として登場したのが、小型ソーラー電力セイル実証機IKAROSです。

図1 IKAROSのミッションシーケンス

図1 IKAROSのミッションシーケンス

IKAROSは実験機ですが、世界で初めてソーラーセイル、ソーラー電力セイルを実証することを目指したもので、単独でも十分な意義があります。具体的には、次の4項目を主ミッションとして掲げました。

打上げ後、まずは①一辺14mの正方形のセイルを広げて、張ります(展開・展張)。これを受け、②セイルに貼り付けられた薄膜太陽電池で発電します。これらを最低限達成すべきミッション(ミニマムサクセス)として、打上げ後、数週間以内で行うこととしました。

続いて、③ソーラーセイルによって加速することを実証します。そして、④ソーラーセイルによる航行技術として、セイルを操作することで軌道を制御し、光子加速下でも精密な軌道決定を行う技術を獲得します。これらを達成できれば満点(フルサクセス)とし、半年かけて実施することとしました。

ずばり、四つの中で最難関は①です。これを実現するために、まず思いつくのが、マスト(支柱)にセイルを取り付けて伸ばす、という方法です。実際にほとんどのソーラーセイルの開発チームが、この方式を採用しています。これは小型のセイルには適していますが、セイルが大きくなるとマストが重くなるため使えません。そのため大型のセイルでは、セイル全体をスピンさせてその遠心力で展開・展張する必要があるのですが、挙動が複雑になるため非常に難しくなります。しかし我々は、木星圏探査計画に向けて技術課題をクリアするため、あえて難しい、このスピン方式を採用しました。

また、③以降は地球の重力の影響を完全に排除するため、地球周回軌道ではなく惑星間軌道で実施する必要があります。この条件を満たしてくれたのが「あかつき」との相乗り打上げで、イカロス君にとってあかつきくんと一緒に旅ができたのは、とても幸運なことなのです。

2010年5月21日に打ち上げられたイカロス君は大成功を収め、2010年12月の金星通過後も追加ミッション(エクストラサクセス)を次々と達成し、気が付けば6歳を迎えようとしています。次は、いよいよ木星圏探査計画を実施したいとの思いが強まってきました。

図2 ソーラー電力セイル探査機のミッションシーケンス

図2 ソーラー電力セイル探査機のミッションシーケンス

この計画では、IKAROSの10~15倍の面積のセイルと「はやぶさ」の2~3倍の燃費のイオンエンジンを組み合わせたソーラー電力セイル探査機が、地球スイングバイと木星スイングバイも使って、木星圏にあるトロヤ群小惑星に世界で初めて到達します。トロヤ群小惑星をリモート観測した後には、子機を切り離します。子機は、小惑星に着陸して表面および地下サンプルを採取し、その場で分析を行います。さらにオプションとして、子機が離陸して親機にサンプルを引き渡し、親機が木星経由で地球へ帰還するサンプルリターンを行います。

ソーラー電力セイル探査機は、トロヤ群小惑星へ向かうクルージング期間も有効活用し、複数の天文科学観測を行います。特に地球出発から木星スイングバイまでの太陽距離が大きく変化していく環境はとても重要で、この間に主な成果を出すことができます。実はIKAROSで観測機器として搭載したALADDIN(大面積惑星間塵検出アレイ)とGAP(ガンマ線バースト偏光検出器)は、このための先行実証という位置付けであり、科学成果も挙げています。

約15年前にソーラー電力セイルの検討を始めたころは、トロヤ群小惑星探査は世界に例のないミッションでした。その後、トロヤ群小惑星が注目されるようになり、我々の計画を参照しながら欧米でも盛んにミッション検討を行うようになりましたが、トロヤ群小惑星へのマルチフライバイかランデブーが限界となっています。我々のミッションで着陸や往復を実現できるのは、まさにソーラー電力セイルの優位性を示しているといえるでしょう。親機の代わりに子機が着陸すること、フレッシュな地下サンプルを採取すること、すぐにその場で分析することなど、「はやぶさ」シリーズと比べてもより高度な探査を目指します。

ソーラー電力セイル探査機は、はやぶさ君やイカロス君が切り拓いた太陽系大航海時代を先導し、宇宙科学に大きく貢献できると確信しています。本番計画の実現に向け、全力で頑張っていきたいと思います。 

(もり・おさむ)