1冊の本との出会いから始まった

今年、特任助教として着任されました。専門は?

専門は有機宇宙化学で、宇宙に存在する有機物についての研究をしています。有機物とは炭素を基本として、水素や酸素、窒素などを含む物質のことで、生命の材料でもあります。宇宙における有機物の存在やその進化過程を調べることで生命の起源の解明や地球外生命の発見にもつながると期待され、近年、注目が高まっている分野です。

なぜ有機宇宙化学を?

始まりは、小学生時代までさかのぼります。よく図書館に行っていたのですが、その日は閉館時間が迫っていたため借りる本を急いで選んでいました。そして、たまたま手に取ったのが、地球外生命の本だったのです。とても面白く、本当に地球以外に生命はいるのか、いるとしたらどんな形をした生命なのかと、興味が膨らんでいきました。

高校生になるとアストロバイオロジーという宇宙における生命を研究する新しい分野があることを知り、どの大学の何学部に進学すればそれを学べるのか、一生懸命調べました。ようやく、名古屋大学の三村耕一先生が隕石の衝突実験を行い、初期地球に持ち込まれた有機物や衝突による有機物の化学進化について研究されていることがわかり、名古屋大学理学部地球惑星科学科に進学し、三村先生の研究室に入ったのです。

大学院では、彗星を模擬したアミノ酸を含む試料の衝突実験を行いました。アミノ酸は、生物の体を形作る基本的な有機物です。衝突によってアミノ酸の多くは分解されますが、重合反応を起こしてペプチドになるものがあることを発見しました。

宇宙研に来た理由は?

生命の起源や地球外生命の可能性を探ることは宇宙探査の大きなテーマの一つであり、今後その重要度は増していくでしょう。しかし今の宇宙研には、そうした探査に不可欠な有機化学の人材と技術が圧倒的に不足しています。宇宙研は有機化学の分析センターを持つべきであり、その最初の一人になりたいと思ったのです。

太陽系天体のアミノ酸は右手型?左手型?

現在は、どのような研究をしているのですか。

宇宙研は、火星の2つの衛星フォボスとダイモスを観測し、そのうちフォボスから試料を採取して地球に持ち帰る火星衛星探査計画(MMX)という国際ミッションを計画しています。私は、MMXが持ち帰った試料を有機化学分析するための技術開発や地球上での汚染のコントロールを担当しています。

ぜひ実現したいのが、光学分割分析です。アミノ酸には、左手と右手の関係のように、互いに鏡に映したような立体構造を持つ光学異性体が存在し、L体(左手型)とD体(右手型)と呼んで区別しています。地球の生物を構成しているアミノ酸は、ほとんどがL体です。小惑星や火星衛星、さらには火星やその先の木星圏、土星圏など様々な太陽系天体のアミノ酸についてL体とD体の割合がわかれば、地球生命の起源を知る手掛かりになります。しかし、L体とD体を区別する光学分割分析は非常に難しいのです。

私は、2017年から2年間フランスに滞在し、光学分割分析の第一人者の元で研究をしていました。そこで学んだ技術に自分のアイデアを加えることで、試料が微量でも高精度な光学分割分析を実現する新しい手法の開発に取り組んでいます。MMXは、2024年打上げ、2029年地球帰還の予定です。分析化学者にとって、未知の試料の分析ほど楽しいことはありません。

地球外試料の分析技術開発以外では、探査機に搭載しその場でアミノ酸などの有機物を分析できる装置の開発も行っています。探査する天体が地球から遠くなると行くまでにも時間がかかるため、サンプルリターンが難しくなり、その場分析が重要になってきます。これまで様々な分析装置が探査機に搭載されていますが、アミノ酸のような揮発しにくい有機物の分析は容易ではありません。実験机1台分ほどもある装置を探査機に搭載できるよう手のひらサイズまで小さくするのは、簡単ではありません。しかし宇宙研には、探査機の搭載機器開発の経験が豊富な人がたくさんいます。そうした人たちと議論を重ねることで、きっと実現できるでしょう。

趣味は?

旅行や登山です。未知の場所に行くのが好きなのですが、人工物には興味がなく、自然を満喫できるところ限定です。自然の中に行って虫や花を見ていると、なぜこの形をしているのか、どうやって進化してきたのか、地球以外に生命がいたらどういう形をしているのか、と考えてしまいます。小学生のときと変わっていないですね。

地球外生命の本に出会ってから、何の迷いもなく進んできました。ただし、私が今やっているのは、アストロバイオロジーではなくアストロケミストリーです。有機物と生命の間には、まだギャップがあります。将来的には、その間を繋ぎたいと思っています。そのためにも、宇宙物質を対象とする有機化学分析の技術をもっと極めていきます。

【 ISASニュース 2019年9月号(No.462) 掲載】